第一部 第1章 少年少女と意味不明な実情

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 全員の息が荒くなっていた。  わけのわからない化け物と一戦交えた脇響輝ともうひとりの男子児童はもちろん、ただの傍観者だった一樹たちも状況に圧倒され呼吸を乱してしまっている。  だれも口を開くことはなかった。その分、視界の情報がはっきりと脳内に入ってくる。  目に入るのは当然、床に倒れこんだ化け物……の死体……。  いや……本当に死んでいるのか……、というか……殺した?  赤い毛で全身がおおわれた化け物はもうピクリとも動かない。だけど、その生死を確認しようとするものはいない。 「……あ……あの……なんなんやろ……これ?」  かろうじて口を開いたのは高森喜巳花。  だけど、その質問はこの状況ではおもしろいレベルに愚問。答えなどだれの口からも出るはずがないのだ。  倒れた化け物を見続けたところでなんの情報も得られない。それがわかれば次に目を向けられるのは、それを倒した児童のほう。 「……君……すごいね……」  一樹は思わずそんな言葉を漏らしていた。  もし、彼がこの行動をとらなかった場合、少なくとも高森喜巳花ひとりは確実にけがを負っていた。いや、何人が犠牲になっていたか……。  なにより、驚きなのはそのとっさの判断力。  DVDで説明を聞いていたとは言っていた。  だが、それにしても一瞬でこの化け物を敵と認識し、その引き金を引いたのだから、その割り切る力は……すさまじい……。  背丈から考えて、おそらく一樹と変わらない年のはずなのに。  自分が注目を浴びていることに気づいたその男子児童は、いまだ手に握ってあげていた銃口をゆっくりと降ろした。  右手にはめられたリストバンドを触ると、装着されていたアーマーが再びホログラムのようになり、そのまま空気と混ざるように消える。 「僕は和田光(わだらいと)です。二年生、よろしく」 「……うん?」  ここで自己紹介? ……なんというか……よく言えばマイペース……、悪く言えば空気が読めてない……。  その唐突さに二年生というところの驚きは限りなく薄れてしまう。 「……あれ? ……僕、変なこと言いました?」  緊迫した空気から妙な感じに変わる。和田ライトはそんな空気を理解できないようで、小さく首をかしげる。  和田ライトは特徴的な髪型をしている。くるくる天パとでも表現すべきか。  水色のシャツに紺のジャケット。茶色のチノパン。適当なかっこうだと思ったが、自分はそれ以上に適当な服装なので考えは改める。  ちなみに、一樹は紫と白のチェック柄のシャツにジーパン。  流れる微妙な空気のなかでクスリと笑いをこぼしたのは三好奈美だった。  口元に手を当てて控えめに笑うと、ビクビクしている小動物女子の肩に優しく手を置く。 「いいじゃない。こんなわけのわからない状況にのまれるだけじゃいけないよ。ついでに、キラちゃんも自己紹介しよっか」  急に振られたその女子児童はビックリして目をまんまるにする。パクパクと口を開閉させるが、声はまったく出てこない。  対して三好奈美は優しい笑みを浮かべ、女子児童の頭をなでた。 「この子は一年生の新垣綺星(あらがききら)ちゃん。この中じゃ一番小さい子だからみんなで守っていこうね」  一応まだ近くには化け物が倒れているのだがそれを無視するように話を進める。  いや、この状況ではあえて触れないようにしているというべきだろう。見なかったことにして話を進めるんだ。  そうでもないと……心がもたない。 「そっか。綺星っていうんか。自分、かわいいねぇ」  そう高森喜巳花が三好奈美のはからいに合わせるように近づこうとする。  かわいいという表現は認めざるを得ない。黒い長髪で先に軽いカールをかけている。白のポロシャツにサスペンダー付きのピンクのスカート。  服装はシンプルであるがゆえに、幼いながらもその素材の強みははっきりと表れている。  だけど、新垣綺星が最年少であるということはすぐに思い知らされた。  ずっと我慢していたのだろう。知らぬ間にたまっていた涙がついに零れ落ちると同時、震える声を上げながら泣き出した。 「ぅぅぁああぁん……、ママァ……!!」  その泣き顔は、いやおうなく現実を突き付けてくる。大声ではなく、重く震えたその声は、より一樹たちの不安をあおる。 「大丈夫だよ。大丈夫だから! ねぇ? 綺星ちゃん。お姉ちゃんがついているから、ね? ……大丈夫だよ」  三好奈美がひっしに新垣綺星の顔をなでて胸に抱え込む。  だけど、新垣綺星の泣き声は彼女の心にも響くようで、その声が震えているように聞こえる。  そして、最初は同じ立場であった和田ライトとは対称的だと思った。和田ライトはいまもなお、無感情に立っている。  空気が読めない……違う、冷静沈着……?  でも、一樹が再び和田ライトの顔を見たとき、その考えは吹き飛んだ。無表情に見えて違う。  曇ったその表情には……たしかに悲壮感が見え隠れしているように思えた。……だれもが、この状況に……恐怖と絶望を抱いているんだ。  一樹だってむろん、そうだ……。家族が恋しい……いまにだって家に帰って、親の手に包み込まれたい……、………………。  親……家族……、…………。  これから……どうなるのだろう……。
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