第28話 また夜の公園で

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第28話 また夜の公園で

 夜の公園でブランコがキーコキーコと鳴っている。そのブランコに腰掛けて揺れる姿を、宮守(みやもり)(すばる)は眺めていた。  観劇の帰り道、「少し話そうか」と誘うと、「いいですよ」と高野京子は頷いた。少し歩いてカフェにでも立ち寄ろうかと考えたが、「あ、そこまで遅くはなれないので」と高二の少女に言われて、そりゃそうだよなぁと夜の公園に二人は立ち寄った。  公園の自動販売機前で「何か飲む?」と昴が聞くと「えっと、奢りなんですか?」と高野が聞く。相変わらず直接的だなぁ、と思いながらも昴が「奢るよ」と言うと、彼女は「じゃあ、ミルクティー」と真顔で答えた。  ガランと音が鳴って、冷たい紅茶の缶が転がり出る。昴も缶コーヒーを買ってから、受け取り口に手を突っ込んで二つの缶を同時に掴んで取り出す。ミルクティーの缶を、ブランコに腰掛ける黒髪の少女の前に「ほらよ」とぶら下げた。 「ありがとうございます。先輩って、ちゃんと大人なところあるんですね」 「あるよ。失礼だなぁ。ていうか、お金を払うのが大人っていう意味なら、結構失礼な偏見だったりするから、改めた方がいいと思うよ」 「違いますよ。そういう意味じゃないです」  そう呟くと少女はブランコの上でミルクティーの栓を開いた。缶から空気の漏れ出る音。 「芝居。どうだった? 刺激は受けたか?」  高野が腰掛けるブランコの横で、鉄でできた支柱に昴は背中を預ける。  公園に一本だけ立っている街灯が白い光で僕らを照らし、その光源の周りには何匹かの虫がフラフラと飛び回っていた。 「はい。受けましたよ。刺激。――小劇場って面白いんですね」 「だろ? 大きな箱が中心の高校演劇のコンクールとは違うんだ。小さい箱で、お客さんとの距離も近くて、自分たちだけのお芝居を手作りで作る」 「私が見てきた演劇って、学校のクラス演劇とか、各校のコンクールでの舞台と、後は、本当に有名なプロの舞台、あとテレビでやってるようなのがほとんどで、ああいうお芝居を間近で観たのは初めて」 「まぁ、高校生で小劇場に足を運ぶ生徒は少数派なのかもしれないなぁ。演劇好きにちょくちょく居るには居るけど。――まぁ、良く知らないけど」  高野京子には向上心がある。昴にとって、今日、彼女を劇団小惑星の公演に連れて行った目的の一つは、彼女に少し違う演劇を知ってもらうこと、そして、彼女なりに自分のこれからについて考えてもらうことだった。 「黒木加奈子さん、上手でしたね。お芝居。……それに綺麗でした」  ブランコの上から思い出すように高野がぼうっと中空を見つめる。 「そうだね。あいつは青龍高校の時代から上手かったよ」 「あ~あ。私も黒木さんみたいに上手くて綺麗な女優さんになれないかなぁ」  そう言って、高野京子はブランコ下の地面をスニーカーのつま先でトントンと叩いた。白い街灯の光に照らされながら。 「なれるんじゃない? 高野は上手いし、美人だしさ」 「え? なんですか、急に、先輩、本気で言ってます? 先輩、私の演技、ダメ出しばっかりじゃないですか。私が上手くないから……奈那の方が上手いから主役交代するんでしょ?」 「それは違うよ。もちろん、七瀬さんの演技が上手いのは認めるけどさ。上手いから主役、下手だから脇役っていう考え方はナイーブ過ぎるよ」  鉄柱にもたれたままの昴に、高野は唇を尖らせる。 「じゃあ、私の方が、奈那より上手いんですか?」 「そういう話じゃないんだよ。そもそも配役は上手さに合わせて与えられる勲章じゃあないよ。それぞれの持っている個性や演技がそれぞれに支え合って舞台を創っていくんだ」  そうやって話す昴のことを、今度は口を挟むこともなく高野は見上げた。今の少女には、彼の言葉を耳を傾ける準備があるようだ。 「黒木さんの演技を見ただろ?」  少女がコクリと頷く。 「高野さんには、ある意味で彼女みたいな芝居ができるようになって欲しいんだ。スパイスを利かせる脇役、笑わせる脇役、重要なメッセージを届ける脇役。そういう役柄をできるようになってこそ、高野はもっとインパクトのある、魅力的なヒロインを演じることができると思うんだ」 「黒木さんみたいに?」 「ああ、そうだよ」  その言葉に高野は視線を地面へと下ろす。「そっかぁ」と呟く少女の側で、昴は考え直すように顎に手を当てた。 「う~ん、もっとかな? 面と向かって言うのもアレだけど、僕は高野さんのことを結構買っているんだよ。舞台の上での立ち姿にも華がある。でも、それに依存して一辺倒な演技ばっかり繰り返してちゃ、成長が止まってしまう。僕は高野さんに女優としての広がりを持って欲しいんだ」  少しの間があって高野はブランコの上で足元の地面を見つめたまま呟く。 「そんな説明してくれなかったじゃないですか」 「そうだっけ? う~ん。なかなか、説明させてもらえる雰囲気でもなかったし……」  昴は思わず素直に返してしまってから、怒るかなと思ったが、高野は「そうですね」と目を細めて笑った。昴はどこかでホッとする。 「私は黒木さんよりも素敵な女優になれますかね?」 「あぁ、なれると思うよ」 「わっ、先輩、なんだかそれ、適当じゃないですかぁ? 心、籠もってなくないですか?」 「籠もってる、籠もってるって。あいつの青龍高校時代の芝居も知っているけど、その時点の上手さだったら、高野さんも負けてないと思うよ。まぁ、学年が違うし、比べ得るの難しいけど」 「青龍高校は全国大会に行ったんですよね?」 「そうだな。行ってくれたんだよなぁ。洛和高校を蹴散らして」 「じゃあ、私が黒木さんを越えられたら、私たち全国大会に行けますかね?」 「ああ、行けるんじゃない?」  昴がそう言うと、少女は胡乱な目で僕を見上げて唇を尖らせた。 「やっぱり先輩、適当じゃないですかぁ?」  しかし、その口調は、昴を毛嫌いするように遠ざけていた、数日前までの彼女のそれではなかった。 「適当じゃあないよ。君たちは全国大会に行くんだよ。そのために僕は洛和高校演劇部に戻ってきたんだから。僕が僕に出来るサポートをして、高野が高野に出来ることをして、そして皆も。そうすればきっと素晴らしい舞台が創れるよ」  その言葉は決して適当な言葉ではなかった。それは昴の想いそのものだったのだ。  高野京子はそんな昴の言葉には返事をせずに、キーコキーコとブランコを二度ほど揺らして、別の質問を口にした。 「宮守先輩は、どうして祥影さんの劇団に入らなかったんですか? 祥影さんともあんなに仲良さそうで、黒木さんも居て、脚本も書いてるのに」 「そうだなぁ。やっぱり、創りたいものが違ったってことかなぁ」 「創りたいもの?」 「うん」  昴は夜空を見上げたまま、一つ頷いた。 「祥影は小劇場が好きなんだ。だから、ああいう空間をこれからも創っていくんだと思う」 「先輩は……違うんですか?」 「うん、少し違うみたいなんだ。――僕はもう少し大きなステージが好きなんだと思う。それでいて、芸術的だったり、ポップだったり、エネルギッシュだったり。そういう舞台を作りたいし、作る時間に加わって行きたいんだ」 「なんですかそれ? 良く分からないです」 「ハハハ、自分で言っていても良く分からないんだ。頭の中になんとなくイメージはあるんだけどねぇ。まぁ、簡単に言うと高校演劇のコンクールみたいな舞台さ」 「つまり、先輩はまだまだ高校演劇がやりたいんですか?」 「そう言うと、大人になれてないみたいだね。もちろん、高校演劇には限らないと思うんだけどね。でも、結局のところ僕は『全国大会ガチ勢』なんだよ。高野さんと一緒でね、きっと」  そう言って昴は公園の端に立つ街灯の光を見つめた。自分で口にした言葉を心の中で何度も繰り返す――僕は『全国大会ガチ勢』なのだと。  しばらくしても返事が無いので、ブランコの上に視線を落とすと、高野京子は真っ直ぐ前を向いていた。 「先輩。一つ告白しても良いですか?」  その横顔は心なしか緊張して、頬は上気しているようにも見えた。
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