通り魔と百円のチョコレート

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 自動ドアが閉まった。郊外にあるコンビニの夜は、人気がなく楽だ。  うるさく言う人もいなければ、カメラの影でサボっていられる、昼間よりも時給もいい、やはりバイトをするなら深夜のコンビニだ。 「なあ尚之(なおゆき)、就職は? 決まったか?」  同じシフトに入っていた真次(まつぐ)先輩がバックヤードから戻って来るや否や、聞いてきた。 「あ、いや、それがまだ」  大学も最後の年になったが、いまだ就職は決まっていなかった。次々と内定をもらう友人達を他所に、俺に焦りはなく、だらだらとこのコンビニのバイトを続ける毎日だった。 「まあ、俺はフリーター仲間が居てくれると、助かるんだけどね」 「ハハハ、でしょ? だからあえて内定を貰っていないんですよ、一つの企業に就かずに、このコンビニのようなオールマイティーな男になりたいですからね」  胸を張ってそう言った。 「お前が言うと、なんか適当だなあ」 「え?」  一瞬空気が止まった感じがしたが、その後、真次先輩は大きな口を開けて笑い出した。  それを見て俺も、安堵の表情と共に引きつった笑みを浮かべた。 「フフフ」  気がつくと目の前に一人の女性が立っていた、清楚な黒髪と病弱なまでの白い肌、大きな目を細めて口に手を当てて上品に笑う姿は、見慣れた景色を霞ませる代わりに、彼女を鮮明に浮かび上がらせる。 「おぃ、阿部川」 「あっ、す、すみません」  先輩の声で、我に返った。彼女はそれを見て更に笑みを浮かべた。俺は慌てて商品を受け取り、バーコードを読ませる。 「ごめんなさい、つい可笑しくて……」 「あ、いえ……え、えっと……百円です」  彼女が買ったのは百円のチョコレート、一つだけだった。 「あの、袋に入れてもらえますか?」 「あ、すみません」  自動ドアが閉まる、センサーの反応音が消えるまで、彼女の背中を目で追っていた。  後頭部に衝撃が走る、 「お前、挙動不審すぎ」  真次先輩に叩かれた、そう気づいたのは、振り返り、先輩の顔を見てからだった。 「でも、あの娘可愛かったな」 「……はい」 「惚れた?」 「……はい、って、じゃないっスよ、じゃないっス」 「わかった、わかった」
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