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ドキドキが止まりません。
電車を乗り継いで二時間。はじめて都心へとやってきたのです。それだけでも心臓が口から飛び出そうなのに、これからお会いする方々は初めてお会いする方たちばかり。
ああ、不作法なことをしないといいのですけれど。
私は小説家志望の大学生です。これまでもいくつか短編ですけど小説を書いていて、ウェブに載せて見てもらっています。たまにお褒めの言葉を貰うと嬉しいのですが、悪い点はなかなか指摘してもらえません。
だけど、私はもっともっと書くことを上手くなりたいのです。私の小説のどこがダメか知る必要があります。
そこで! 私は一大決心をしました。都内で開かれているという小説の意見交換会。噂ではプロの方も参加されることもあるという、その会に参加するのです。
そこではきっと建設的な意見がもらえるに違いありません。
……ただ。一方的に意見を貰うだけでなく、他の方の作品を読んで意見を言う必要もあります。大学のゼミはディスカッション形式で行われることも多いのですが、その授業が私はとても苦手です。
やっぱりドキドキが止まりません。
だけど、歩いているうちに目的のお店に着きました。巨大な四角いキューブにしか見えませんが、外壁と同じ灰色のドアが見つかります。ドアノブの凹みに手をかけて、いざ出陣。
――と、その前に。私は水色のワンピースの埃をパタパタと払い、音符のついたトートバッグの中に手を突っ込みました。
はぁ、本当にこれをつけて行かなければいけないのでしょうか。
私が顔に装着したものは白い顔の上半分だけを隠すタイプの仮面です。私が訪れた量販店ではこの一種類しか置いていなくて、ふさふさとしたファーまで付いていました。
意見交換会はプライバシーへの配慮ということで、顔を隠して行う物なのだそうです。確かに面と向かって小説の意見を言い合うのは気恥ずかしいでしょう。だけど、この仮面をしている方が恥ずかしいのは気のせいじゃないでしょうか。
とはいえ、意見交換会の企画を立てていただいた方からの指示です。私は人目をはばかるようにして、仮面をつけました。早くお店に入りましょう。入ってしまえば私と同じように仮面をつけた方々いらっしゃるはずです。
私はカラカラと音を立てて、ドアを開きました。
「いらっしゃいませ」
黒いシャツを着た店員さんに迎えらえます。私は恥ずかしさにうつむきそうになる顔を上げて、店員さんに言います。
「あ、あのっ! ひょうへつきゃのきゃいのものでふ」
カミカミです! 舌を噛んで全部かんでしまいました。正解は小説家の会です。私ごときが小説家と名乗るのにもおこがましいのに、これでは何一つ伝わっていないでしょう。
ですが、店員さんはにっこりと笑っていうのです。
「はい。お連れ様がお待ちです。こちらにどうぞ」
「はひ」
今の噛み倒した自己紹介で伝わるとは、おかしいですね。とは思いつつも、店員さんの後ろを付いていきます。お店の中は全室個室の様で、一つ二つと扉を通過すると、赤い扉の前で店員さんは止まりました。
「こちらでございます」
店員さんはコンコンとノックをして、中にお連れ様がいらっしゃいましたと声をかけました。どうぞと女性の声が返ってきました。
はぁ、どうしましょう。ドキドキします。初対面で失礼のないようにご挨拶しなければ。
店員さんに促されて私は中に入ります。
「は、は、はひめまして!」
また噛んでしまいました!
「あらあら、可愛らしい子ウサギさんだこと。ごきげんよう」
ごきげんよう?
私は思わず、ぶしつけにも真正面からその人物を見つめてしまいました。一目見て、即刻この部屋から出て行きたくなりました。
そこにいらしたのはマリーアントワネットでした。中世のドレスにクルクルの縦ロールの髪。ベルベッドのソファに座り、優雅に扇を動かしています。もちろん仮面もつけていました。私のつけているものに似ていますが、宝石も散りばめられ、もっと大きくてもっともっとゴージャスな羽が付いていました。
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