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第一話 漆黒の男
黒髪を靡かせバイクに跨がり猛スピードで夜の住宅街を走り抜ける男。アコースティックギターを背負った俺は、その後ろで振り落とされないように、男の腰に必死にしがみついていた。
「どこに行くんだッ!」
俺の問いは爆音に掻き消されたか、もしくは男の意図的な無視によってただの独り言になった。
行く先が天国であるとは全く思えないが、地獄であったとしてもついていくしかない。今ここで抵抗したとしても、アスファルトの上に全身を叩きつけられて二人して御陀仏。十六の誕生日を迎えたばかりで、訳も分からないまま死にたくはない。
その前にバイクに乗ったのがそもそもの間違いだろうと言われてしまえばその通りなのだが、だからと言って乗らないという選択肢も俺には無かった。黒ずくめの一回り以上大きな体躯の男に力で抗えなかった。俺は敗北したのだから、最早従うしかない。
学校への通い慣れた道のはずが、ここにはもう来ることはないのだろうという予感めいたものがあって、今はもう遠い場所のようだった。しかし、感傷に浸るようなこともなく、そうなのだろうと冷淡なほどに思うばかりだ。
――なぜ、俺が。
運命という言葉では片付けられない、わだかまり。それだけが、喉に引っ掛かった小骨のように留まっている。
「石油王の息子と結婚したい」と馬鹿げた妄想をした何も知らなかった数分前の俺を、嘲笑し、少し羨ましく思い返した。
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