別れ方

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 指先が冷たくて、ハーッと温かい吐息と吹きかけた。あったかい空気に一瞬だけ包まれたと思ったら、また、指先が冷たい空気の中に溶け込んでしまう気がした。 (そろそろ、手袋でも買おうかな。)  未希は、手のひらを白く曇った吐息が通り過ぎていく様をぼんやりと眺めていた。空港の屋上は、もう冬の風が冷たく、展望に来る人はほとんどいない。未希は、冷たい指先に、思いっきり暖かい息を吹きかけた。もしかしたら、ため息だったのかなと思ったけれど、どっちでもよかった。  展望デッキに上ったときは、この寒さなんてすぐ終わると思っていた。到着する飛行機を眺めながら、ドキドキしていた。冷たい手だって、きっとすぐに温めてくれるだろうからと、なんとも乙女なことを考えていたんだから、おめでたいもんだな。二時間後の自分に笑われることになるなんて。  真冬の展望デッキに二時間も立っている人はいなかった。未希がいる間に、親子連れが二組と、おばあちゃん孝行の孫に手をつながれて嬉しそうなおばあちゃんと男の子が一組だけだった。みんな、寒そうに震えてすぐに温かい空港内に戻っていった。 ーーー日にちをまちがえたかな?時間を間違えたかな?  赤く冷たくなった指先で、メールの履歴を確認した。今日だよね、間違ってない。半年前に約束した、今更間違うだなんてあり得ない、よね。未希は、沈んでいく心を少しでも落ち着かせるように、自分に言い聞かせてみた。指先は冷たくて、冷たい涙が溢れそうになり、全身が冷え切っているのを感じた。  未希のコートのポケットから、電子音が鳴った。  未希は、ポケットの中に手を入れ、ぎゅっと冷たい携帯電話を握りしめた。電子音はなり続けている。二時間も待ったのに、嬉しいはずなのに、電話に出るのが怖くなった。終わりを告げるチャイムみたいで嫌だと思った。自分で終わりにする勇気もなくて二時間も待ったのに、終わりを告げられるのも嫌で電話に出たくないなんて。 ーーーはい。 未希は、冷たくなった息を押し殺して、携帯電話を耳元に近づけた。 ーーーー未希? ーーーそう。 ーーーーごめん。仕事が抜けられなくて。 (やっぱりね、そうか。) 未希は、動揺している自分を見せたくなかった。こいつのせいで、自分の気持ちがかき乱される様を悟られるのが悔しくて、冷たい指先も、冷え切った心も、溢れそうな涙も、悟られたくなかった。 ーーーそんな気がしてたから、別に言い訳しなくてもいいよ。 精いっぱいの反撃は、気にしていないふりをすることだけ。こんな時でもプライドが邪魔をする。 私がもっとかわいげのある女の子だったら?こんな時に泣きじゃくればよかった?ばかやろー、だったら二時間も待たせずに終わりにするくらいの優しさはないの?もしかして、寒空に二時間待たせることって計算済み? ーーーあのね、半年と二時間は、気持ちを整理するのには十分なのかもね。そんな、時間をくれてありがとう。ただ、一つだけ、いい?二時間は、余計だったよね。さよなら。 話す隙間を与えないように、未希は電話を切った。綺麗に別れることができたんだろうか。別れに綺麗なんてあるのかなあ。未希は、電話の前では物分かりの良い元彼女を演じたけれど、気持ちは台風直前の空のように黒い闇が濃くなっていく、今まで感じたことのない感情を知った。 (許せないな。きっと、一生許さない。) 未希は、戦闘モードになるには十分な二時間だったなと、冷えた指先に、温かい息を吹きかけた。
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