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「わざわざ追いかけて来てくれてありがとう。それじゃ、またね」
彼が“昨日の返事……”なんて無理やり紡ぎ始める前に、先手を打って微笑んだ。都会で働きながら身につけた、自然な作り笑いだ。
できるだけ早く逃げたかった。
今さら過去の自分を振られたくはない。
それなのに明かしてしまった私が迂闊だったのだ。当時から全く脈ナシだったことは、よくわかっていたのに。
何か伝えたそうに言葉を探す彼を待たずに、私は踵を返して歩き出した。
――瞬間。
左腕をぐいと引かれ、体のバランスを崩した。あ、と思った時には、私は彼の両腕の中にいた。
「え……?」
何が起きたのかわからず、私は呆気に取られて、ただただ体の力が抜けていくのを感じた。
これ、なんだっけ?
これは誰だっけ?
「俺――」
耳元に高谷くんの声。
信じられない。
これは、現実だろうか。
私は混乱した。
あの頃想いを伝えることすらできないほどに大好きだった人が、私なんかをその胸に抱きすくめている。
まさか私の人生にこんなことが起こるなんて。
彼の体の熱に覆い尽くされて、私まで一気に体温が上がる。比例するようにドキドキと鼓動が速くなる。
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