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顔さえ見られたら、それでいいと思ってた。
少しだけ懐かしい思い出に浸れればいいと。
花火は毎年、彼の旅館のちょうど正面の河川敷から上がる。高台にある旅館の窓辺は特等席だ。
にもかかわらず、地元民は当然のように屋外へ観に行くし、わざわざこの片田舎の花火のために泊まりに来る人もさほどいない。つまり、いわゆる穴場だということを、私は高校の頃に彼から一度だけ聞いて知っていた。
花火大会を含む日程で帰省することになった私は、それを懐かしく思い出して、宿泊予約を入れたのだ。
そしたら彼が思いがけず、一緒に花火を観ようと声を掛けてくれて、旅館の一室でたった二時間ほど、二人きりで過ごした。それがとても嬉しくて、過去に埋められなかった想いが満たされた気がして、ついつい気持ちを伝えてしまった。けどそれは聞き流してもらう前提だったのだ。
こんなことになるなんて、全く予想していなかった。
急転直下、私は再び恋に落ちた。
青春のすべてだった人に告白されて、抱きしめられる感触と、体温と、息づかいに浸されて、何を捨てることだってためらえる理性なんかあるわけない。そんな冷静さなんて炎天下のかき氷みたく秒で溶けてしまった。
私はこれから都会に帰る。
そして全てを片づけてここに戻って来ようと、すぐに戻って来ようと、彼を抱きしめ返すよりも先に決意を固めていた。
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