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終わりの後の始まり
ニ〇〇八年十月五日
ああ、もうすぐ終ってしまうのか。僕の掌に君の温かい体温が伝わってくる。
君の手はこんなに温かいのに僕の手、そして体は君の温もりの全てを以てしても徐々に冷たさを増していく。
意識が遠のいていくのか、何かの灯火が消えようとしているのか、自分でも分からないうちに静かに、そして真っ暗になった。
「二十二時十五分、お亡くなりになりました。ご主人、最後まで奥様のために頑張られましたね」
僕が人間として最後に耳にしたのは、そんな医師の言葉と妻の嗚咽だった。
静寂と暗闇の中、僕は目を覚ました。いや、夢を見ているのか。
暗闇の中で誰かの声だけが響いている。
「お前は若くして命を失ったな……何かやり残した事はないのか?」
低く厳かだが、どこか温かさを感じる声でその声の主は言った。
僕はその声を耳で聞くと言うより、体全体で受け止めていた。暫しの間、思考した後で僕は答えた。
これも話すと言うより頭の中で答えを思い描く様にして相手に伝えた。
「それは、勿論あります。そりゃあ、山ほどありますよ」
「なるほど、そうか。ならば一度だけやり残した事を果す機会を与えてやろう。但し、
人間以外の生き物として、期限もその生き物の生きている間、つまり寿命が尽きるまでだ」
「人間以外、ですか?一体何に生まれ変わるんです?」
暗闇から話しかける声の主はそれには答えず、「生まれ変わった生き物の寿命に近くなるとその生き物の中でのお前の意識も薄くなるからな、早めにやり残した事を片付けた方がよいぞ」そう注意をしたのを最後に声の主は沈黙した。
再びの静寂と暗闇の中で、僕の意識は眠りに落ちる様に遠のいた。
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