12 作戦会議

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12 作戦会議

「……それで、おじいちゃん家にいるんだ? 碧理の家もヘビーだね。あ、私の家ね、両親がダブル不倫中なの」  美咲が買ってきてくれたカップアイスを食べながら、碧理は微妙な表情を見せる。  なぜなら、その内容は二カ月前にも聞いたからだ。 「知ってる。白川さんが教えてくれた。……何で私のこと名前で呼んでいるの? 昨日は苗字だったのに」 「昨日、家に帰って考えたの。三日も一緒にいたなら、私の性格上苗字では呼ばないってね。それに花木さんって呼び方は他人行儀だから。碧理も気軽に私のこと名前で呼んで。それよりも意外。両親が不倫している話言ったんだ? 私、誰にも言ったことないのに」  そう言って美咲は無邪気に笑った。  昨日、碧理は病院を退院した後、自宅ではなく祖父母の家に泊まった。  父である拓真は、あれからも何度も「家に帰ろう」と説得を続けたが、碧理は頷かず今に至る。  そして、祖父母も交えた話し合いの末に、しばらくここで暮らすことになった。  祖父母は拓真とは違い、二人共温和で優しい。怒った所は見たことがないくらい人間が出来ている。  そんな二人は、無条件で碧理を受けいれてくれる頼れる存在。  碧理は二人が大好きだった。  そして、連絡もまだしていないのに、次の日に美咲が訪ねて来たのだ。平日の朝、十時にアイスクリームを手土産に持って。 「ところで、どうやってここの住所がわかったの?」 「碧理の家に連絡したらお父さんが教えてくれたよ。病院で会った白川ですって言ったら簡単に情報ゲット出来た。碧理の家の電話番号は赤谷が教えてくれたんだ。あんなことがあったから、両家とも住所と電話番号は知っていると予想したの」  あっけらかんと話す美咲に、碧理は複雑な気分になる。  病院から祖父母の家に着くまで、拓真とは車の中で始終無言。はっきり言って息苦しかった。  着くと、すぐに祖父母が用意してくれた仏間の布団に潜り込んだ。そのせいで話は一切していない。  そんな拓真が美咲と他に何か話したのか、碧理は凄く気になった。 「このアイス美味しいでしょ? 私の一押しよ。あ、頭大丈夫? アイスでまた痛くなったりしない?」 「大丈夫。一晩寝たらマシになったから。検査の結果も問題なかった。大げさなんだよ」  そう強がった碧理だが、まだ少し痛みは残っている。 だが、頭に関しては痛み止めを飲めば問題ない。  今の頭痛の種は、父と美咲や慎吾達だ。 「無理はしないでよ。この後、赤谷の家に行くんだから」 「……は? なにそれ」  碧理は意味がわからなくて、食べていたアイスを落としてしまう。白い布団の上で食べていたせいでチョコ色のシミが出来た。 「赤谷の家に連絡したついでに、午後から碧理も連れて行くって言ったの。あいつも落ち込むんだね。声が暗くてさ。あれは相当反省してるね」  他人事だからか、美咲が豪快に笑う。 「なんでそうなるの?」 「だって、碧理が怪我をした原因って二カ月前のことでしょ? あの三日間の記憶がない四人が集まって話せば早いじゃない。たださ、私、森里の連絡先知らないから、あいつは来ないよ」  当たり前のように蒼太のことまで話す美咲に、碧理は暗い気分になる。 「なに? 赤谷と会うのが嫌なの? それとも……森里と何かあった? 八月も含めて」  勘が鋭い美咲の視線を逃れるように、零れたアイスを近くに置いてあったティッシュで拭く。丸めると、離れた所に置いてあるゴミ箱目がけて投げ入れるが、動揺したせいか上手く入らない。  それを、美咲が立ち上がりゴミ箱に入れ直した。 「……両方」 「ふーん。二カ月前に何があったか凄く気になる。だって、私の願いが叶っていないなら、私は別の願い事をしたんでしょ? それとも、碧理の願いだけが叶ったの?」  美咲の好奇心に、碧理は口を閉ざした。  そのまま残りのアイスを口に運ぶ。 「赤谷の言う通り、そのことになると碧理は黙り込むんだ」 「……私、行きたくない」 「行きたくないなら、ここに赤谷呼ぶよ。それでも良いの? おじいちゃん達に許可を貰う自信あるわよ?」  断固拒否しようとした碧理に、美咲は挑戦的に微笑む。  八月の時もだが、引きこもりの割に美咲のコミュニケーション能力は高かった。 「……知らない方が良いよ。その方が幸せだから」  アイスを食べ終わると、碧理がぼそりと呟く。その口調は寂しそうで、今にも泣き出しそうだった。 「なら、なんで碧理はそんな顔をするの? 幸せならそんな顔しないでしょ? 一人だけ記憶が残っているってことは私達に伝えるためだよ。それに、私は五人で過ごした三日間の記憶を取り戻したい」  はっきりと自分の考えを伝える美咲の強さに、碧理は思い出す。  いつも美咲に助けられて楽しかった時間を。 「後悔するよ、聞いたこと。楽しい話じゃないから」 「良いよ。それに、三日間だけ記憶がない体験、碧理もしてみたら良いよ。気がついたら好きだった男の前にいた私の気持ちがわかる?」  意味がわからず、碧理は首を傾げる。 「なにそれ?」 「言葉通りよ。忘れもしない八月十一日、七時十四分。気が付いたら私、家庭教師をしてくれていた彼の家の前に立っていたの。そしたら、彼がドアを開けた瞬間だった。……彼の後ろに女がいたのよ! 時間帯が朝だったから……泣いた」 「それは……気の毒」  顔を引き攣らせながら碧理は思い出す。  あの女性の言葉を。  願いが叶うと、自分が一番会いたいと願う人、もしくは大好きな場所に戻ると言っていたことを。  美咲の場合は、彼の所だったのだろう。 「その後、どうしたの?」 「走って逃げた。それっきりよ。あっちからも連絡ないし、やっぱり高校生は恋愛対象にはならないんだよ」 「そっか……」 「そうなの。私はこれ以上の不幸はない。だから話して。お願い……碧理」  恋が潰えた美咲がここまで立ち直っている。それなのに碧理はまだ動けない。それだけ、碧理も心に傷を負っていた。  頭ではあれが最善の道だとわかっていた。だから後悔はしていない。 でも、どうして自分一人だけ記憶があるのかと、苦しくて心が何度も悲鳴を上げる。  理不尽だと。一緒に考えてくれる、共感してくれる友達が欲しいと思ってしまった。  全てを受け入れてくれる誰かが傍にいて欲しいと。 「だから赤谷の家に行って、皆で話し合うことは決定です」 「ちょっと強引じゃない? それに、昨日の今日で赤谷君に会えないよ。当事者同士で会うと、ほら……大人達が煩いから。おじいちゃんも許してくれないよ」  昨日、あれだけ学校と慎吾に抗議をすると息巻いていた拓真を思い出す。  この件に関しては、碧理は「何もしなくても良い」と伝えたが、どうなるかわからなかった。 「確かに。赤谷の両親、大学の教授だから厳しいもんね。お姉さんはキャビンアテンダントの超美人なの」 「それも二カ月前に聞いた。ついでに、赤谷から家族写真見せて貰ったから顔も知ってるよ。確か、大きな室内犬がいた」  慎吾は犬が好きらしく可愛がっているようだ。嬉しそうに、一枚一枚解説つきで夜通し話してくれた日を思い出す。 「そこまで! 私達、三日間の間に相当仲良くなったんだね。驚いたよ」 「……そうだね」  仲良くなりすぎたのも原因だったのかも知れない。  だから、あの時、事故が起きた。  美咲の話を聞いていると、廊下を歩く音が聞こえた。ギシギシと床を踏みしめる音は、祖母、菊乃のものだろう。 「碧理、ちょっと良い?」 「うん」  菊乃が用意してくれたアイスティーを飲みながら、美咲も廊下へと視線を向ける。  昔ながらの和風建築。仏間にいるため襖の引き戸だ。  ゆっくりと襖を開けた菊乃は困った顔をしている。  長年専業主婦で家を守ってきた菊乃は、落ちついていて滅多に動じない。その菊乃が迷っているように口ごもる。 「どうしたの?」 「あのね、赤谷君って言う男の子が来たのよ。話があるって。昨日、碧理と揉めた子でしょ? どうしましょうか? ……お引き取り頂いた方が良いかしら? おじいちゃんも仕事でいないし」 「……えっ? 赤谷君が?」  意外すぎる人物の登場に、碧理は美咲と顔を見合わせた。  碧理の祖父は、まだ現役で働いているため、朝から仕事に行って家にはいない。菊乃の心配は、慎吾がまた碧理に暴力を振るった場合を心配しているのだろう。  女ばかりだと、男子高校生が暴れると、体格と力の差から止めることはほぼ不可能に近い。  それに正直、昨日の今日で会うことに碧理は抵抗がある。  美咲もいる以上、必然的に話さなくてはならないだろう。あの時、何が起きたのかを。 「……ごめん。断って。頭がまだ痛いから」  それと、心の準備が出来ていないから。  このまま秘密にしておくことは、もう無理だと碧理は気が付いていた。だからこそ、どこまで話して良いのか考える時間が欲しかった。 「わかったわ。そう伝えて来るわね」  碧理の決断に、美咲は残念そうな顔を見せるが何も口を挟まなかった。一人で悩んで、怪我までした碧理に配慮したようだ。 「あら--」  襖を閉めようとした祖母が何かに気づき廊下の奥を見る。  視線の先は、角を曲がると玄関に向かう。 「勝手に上がって申し訳ございません。私、一人だけでも碧理さんとお話しさせて頂けないでしょうか?」  可愛い鈴のような声は翠子のもの。  どうやら慎吾と二人で来たらしい。  菊乃が碧理を見て目で訴える。どうするのかと。 「いいよ。入って貰って。……それと赤谷君も一緒に」 「本当に良いの?」 「うん」  心配する菊乃に、碧理が頷いた。 「私も一緒にいますから心配いりません。私が守りますから」  美咲も追随するように、迷う菊乃を安心させる。一瞬考えるそぶりを見せた後、菊乃は静かに頷いた。  菊乃が玄関へ向かうと、開けられた襖の間から翠子が顔を出す。 「連絡もしないで申し訳ございません。でも、どうしてもお話しがしたくて。美咲さんからも連絡を頂いていたのですが、慎吾君が早く謝りたいと聞かなくて。怪我をさせてしまって申し訳ありませんでした」  まるで自分のことのように深々と謝罪する翠子はセーラー服姿だ。  胸まである髪は校則なのか翠子の好みなのか、二つに分けて三つ編みにしている。両手で鞄を持っているが緊張しているのか震えている。  翠子の謝罪を聞いていると、複数の足音が聞こえた。  すると、顔を強張らせた慎吾が姿を現す。  私服姿を見るに、謹慎処分は解けていないらしい。 「花木、ごめん」  碧理を見て、勢い良く頭を下げる慎吾に碧理は軽く笑った。  学年一、学校一の問題児が肩なしだ。一晩で憔悴したのかいつもの元気はない。 「いいよ。あれは事故だから。私の態度も悪かったし。もう、気にしないで。治療代だけ払ってくれたら問題ないから。……頭、上げてよ」  碧理の中では、この事件よりも八月の三日間を話す方が憂鬱な出来事。  慎吾の落ち込んでいる姿を見ていると、碧理まで調子が狂ってしまう。しかも、隣で慎吾を心配している翠子も落ち込んでいて空気が重かった。 「本当にごめん。体調が悪くなったらいつでも言ってくれ。親父のコネを使って、医者紹介するから」  まさかの親のコネ発言で、碧理は何て言って良いのかわからず、言葉を濁す。 「あ、う、うん。ありがとう。とにかく入ってよ」  まだ不安があるようで、慎吾も翠子も表情は固いまま。しかも、翠子は中に入ったのに、慎吾が中々動かない。 「赤谷どうしたの?」  碧理の代わりに、部屋の隅に置かれていた座布団を並べていた美咲が声をかける。 「ああ、実は迷ったけど、こいつも呼んだんだ。……ごめん」  そう言った慎吾に、碧理は嫌な予感がした。  慎吾に促されるように姿を現したのは……森里蒼太。 「いきなりごめん。でも、こうでもしないと、花木さんは僕の話を聞いてくれないと思ったから。あの言葉をもう一度確かめたくて」  制服姿の蒼太も、どうやら学校をサボったらしい。  碧理が怪我をしたことが原因で、二カ月前の、あの日と同じメンバーが全員揃うこととなった。
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