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14 八月八日、紺碧の洞窟へ
「可愛いですね。こんな服初めて着ました」
満面の笑みを浮かべて満足そうに頷く翠子は、今人気のファストファッションのワンピースを身に付けている。
生地はそこまでではないが、黒いワンピースはシンプルで低価格。何よりも今時のデザインでどの世代にも人気があった。
碧理や美咲はよく利用するが、お嬢様の翠子は初めてらしい。何度も自分の姿を鏡やショーウィンドウに映して楽しそうだ。
五人はまず、制服姿の翠子と慎吾の服を買うことにした。
いつまでも制服でいると目立つからだ。しかも、翠子は有名なお嬢様学校。夜に補導でもされたら計画は頓挫する。
制服や持ち歩いていて邪魔な荷物は、駅のロッカーへ預けた。帰りもこの駅を経由するから問題ないと、五人で判断した結果だ。
「慎吾君も良く似合っています」
慎吾は翠子と同じ店で買った、シンプルな白のTシャツと黒のパンツ姿。翠子が何度も褒めるせいか、慎吾は照れているようで不愛想だ。
「じゃあ、行こうか。バス乗るよ」
美咲の先導でバス停を目指す。
「今日はこのまま宿へ行くのか?」
慎吾と蒼太が地図を広げて確認していた。
男二人は、どうやら美咲に任せるのが不安らしく、スマホでも検索している。
「そうよ。ここの廃校よ。あ、人数増えるって連絡しといたから大丈夫だよ。でも、満室だったから男女一緒ね。個室にして良かったわ。男は床に寝てね」
美咲が男二人に近づき胸を張って地図を見せた。
「それは構わないけど……廃校?」
「なんだ、それ。冗談だろ?」
蒼太が首を傾げると、隣で一緒に話を聞いていた慎吾が顔を引き攣らせる。
「何が冗談なの? 本気だよ。この宿はね、冬は雪で埋もれて無理なんだけど夏限定でやってる宿なの。SNSで見つけたんだ。森の中の廃校で、夜は星が綺麗なんだって。映えるスポットってやつ。キャンプファイヤーも毎日やっているらしくて楽しそうでしょ?」
興奮して説明する美咲に、あとの四人は戸惑いを隠せない。
「あの……。旅館やホテルではないのでしょうか? 私、廃校に泊まった経験がありませんので……正直不安です」
「大丈夫。私も初めてだから。廃校に泊まった経験ある人の方が少ないんじゃない? 口コミも良いから楽しみだね」
翠子の戸惑いを含んだ声色を、美咲は一蹴する。
碧理も泊まる場所までは確認していなかった。
漫画喫茶かカプセルホテルにでも泊まると思っていたから、まさかの提案に狼狽えた。
「美咲、そこ本当に安全?」
碧理が用心深く確認すると、美咲が大きく頷く。
「皆、心配しすぎ。あ、あそこのバス停だよ。向こうの街に着いたら食料買おう。ご飯はついてないから自炊だよ。今日は定番のカレーね。道具は全部貸してくれるんだって」
そう言うと美咲は走り出した。
それを慎吾と翠子が追い駆ける。碧理も走り出そうとすると蒼太に声をかけられた。
「……花木さん。白川と二人きりじゃなくて良かったでしょ?」
碧理と肩を並べた蒼太が苦笑する。
前方を走って行く三人を、碧理と蒼太が眺めながら歩き出した。
「うん。正直助かった。美咲と二人で廃校はきつかったかな。私、夜の学校苦手なの。だって、学校の七不思議とかあるじゃない? あれ聞く度に嫌になる」
碧理も蒼太につられて苦笑いを浮かべた。
「ああ、怖いのが苦手なんだ。それだと不気味だよね。……花木さんは、願いが叶う洞窟で何を願うの? 叶えたい夢があるから白川と一緒にいるんだよね?」
「それは……」
蒼太にどこまで伝えるか碧理は迷った。
美咲には言ったが、それは同性同士で話しやすかったからだ。それに、あの時は、どうしても紺碧の洞窟へ行きたかったから勢いもある。
親の再婚や家庭の事情を、蒼太にどこまで伝えて良いものか考え込む。
「そこの二人! バス来たよ。しゃべっていないで急いで!」
すると、美咲の元気な声が聞こえた。
その声に、碧理と蒼太は顔を見合わせて大急ぎでバス停へと向かった。
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