14 八月八日、紺碧の洞窟へ

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「まあ……。思っていたよりもまともですわね……」  翠子が呟いた感想は、美咲を除いた全員の心の声だろう。  今日、泊まる予定の廃校に無事に着いたのは、十九時を過ぎた頃。  バスに乗り街に着くと、すぐにスーパーに寄った。  カレーの食材とお菓子や飲み物を購入する。各自自分の分は自分で払い、カレーの材料は翠子のカードで支払うことになった。話し合った結果、後日、皆で割り勘にする案で落ちついたからだ。  そして、やっとで廃校に辿り着いた。  校門の前に立つとすぐに広い運動場が広がっている。  その奥に見えるのが廃校だろう。  木造建築が二つと、真新しいおしゃれな木造建築が一つ。  説明によると、一つは大正時代に建てられて、もう一つは昭和に建てられたと言う。真新しい建物は管理棟。一階はカフェで早朝から夕方まで営業しているそうだ。  泊まらなくても利用出来るらしく、朝から観光客や地元の人で賑わっている。  宿泊施設は古い二棟。  それぞれ一階に六室と二階に六室。それと、広い運動場にはキャンパー達もいるようで、テントを張っている姿も見える。  その中心には、宿のスタッフと思われる数人の大人が火を燃やしている。 キャンプファイヤーの準備だろう。その周りを十代から七十代までの老若男女が楽しそうに囲んでいた。 「あ、子供もいますね。正直心配でしたけど、これなら安心ですわ」  翠子がほっと胸を撫で下ろす。 「……失礼ね。どんな所だと思っていたのよ。私も、危険な場所に泊まろうなんて思わないわよ」 「悪かった。廃校って聞くと、ホラーとか危ない奴らの溜まり場のイメージだろ。こんな変わった宿もあるんだな」 「外観は学校そのものだけど、中はリノベーション済みなんだよ。お化けみたいな廃屋イメージはないから安心して。さ、行こう」  慎吾の安心した感想は、翠子のことを思ってだろう。  正直、学校ではお嬢様育ちの翠子は眠れるか不安だ。あんなにも別れたいと言い張っていたのに、慎吾は常に翠子に寄り添い恋人そのもの。  あの電車の中での騒動は一体何だったのかと、碧理は府に落ちない。 「花木さん、行こう。慎吾と翠子さんのことは考えない方が良いよ。あの二人は中学時代からあんな感じだから」  さっきと同じように先を歩く三人の背中を見ながら、碧理と蒼太が後方を歩き出す。  そういえば、慎吾と蒼太は中学時代からの友達だったと碧理は思い出す。それなら、あの二人の関係も知っているだろう。 「赤谷君も翠子さんも相思相愛って感じなのに、どうして別れたいんだろう」 「翠子さんの家は旧家でね。一人っ子の翠子さんが家を継ぐことが決まっているんだ。それだと必然的に結婚相手も自由に選べないんだって」  蒼太は慎吾と仲が良いからか、二人の事情を良く知っていた。  高校生でもう将来が決められている翠子に、碧理は同情した。それは、自由が一切ないと言うこと。  全て親に決められ、この先も生きて行かなければならない息苦しさに、碧理は他人事ながら心配になった。 「それって……悲しいね。翠子さんは反抗しないの? 私なら嫌だな。逃げ出したくなる」  今も逃げ出している碧理には、翠子の願いは、慎吾と一緒にいることではなく、自分と同じ「自由になること」なのではないかと思ってしまう。 「そうだね。でも、翠子さんは逃げないよ。彼女はご両親のことも好きだし、代々守ってきた家が何よりも大事なんだ。ああ見えて、彼女は強いから」  慎吾にただ守られているだけのように見えた翠子に、電車では酷いことを言ったと、碧理は反省した。  いつも誰かの後ろに隠れている、深窓のご令嬢のイメージは崩れた。 「意外……。じゃあ、翠子さんの叶えたい願いって何かな?」 「さあ。それは本人じゃないとわからないね。花木さんの願い事は何? こう言ったら何だけど、日頃から大人しい花木さんが、噂を信じて行動を起こしたのが意外でさ」  蒼太は明るくそう言うが、心配そうに碧理を見つめている。 「……森里君は? 何で一緒に来てくれたの? 叶えたい願いがあるから?」  碧理は答えられなくて、質問を質問で返した。 「僕の願いはないよ。願いは所詮、願いだから。叶えたい目標があるなら自分で努力して勝ち取った方が達成感あるから。僕はそっちの道が好みかな。……あ、ごめんね。花木さん達のことを否定している訳じゃないから」  呟いた後、慌てて蒼太が弁解を始める。  この旅の目的を全否定してしまい、碧理の機嫌を損ねてしまったのかと慌てたようだ。その様子が可笑しかったようで、碧理は笑ってしまう。 「気にしていないよ。森里君が慌てる姿、初めて見た。いつもクラスでは冷静なのに、慌てたりもするんだね。新鮮だったよ」  ふわりと微笑む碧理に、蒼太が照れくさそうに顔を逸らす。 「……僕はそんなに冷静なイメージ? 意外なんだけど」 「そう? いつも友達と一緒にいるけど、皆が無茶しないように見守っているイメージだよ。大人なイメージ」 「自分ではそう感じないけど……。花木さんから見ると、そんな風に見えるんだ」  はにかみながら笑う蒼太に、碧理は目が離せなくなる。  図書館で会う度に気になって目で追い駆けて、そして今、完璧に恋に落ちた。  そのことに気づいて、顔に熱が集まる。 「そう……? あ、皆、呼んでる。森里君、行こう」  恋心を抑え、碧理が赤い顔を隠すように走り出した。 笑顔で手を振っている三人の元へと。
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