20 八月九日、守り人

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「皆、良い反応するわね。青春十八切符でここまで来るのは大変だったでしょ? 途中で止める子達もいるのよ。長時間の電車は飽きるし疲れるわよね」  グラスの中に入っていた氷が、溶けて音を立てた。  その涼し気な音を聞いても、理解が追いついていない碧理達は、それを見ていることしか出来ない。  五人が青春十八切符を使って、ここまで来たことがわかるのか疑問だった。見張っている人もいない。それは、五人以外誰もわからない。なのに、知世は確信しているらしい。  五人が約束通り、青春十八切符を使って旅をしたと。  困惑している五人を見て知世は話を続ける。 「……願いが、本当に、心からの願いがないなら止めておきなさい。軽い気持ちで出来ることじゃないから」 「どう言う意味ですか?」  問いかけたのは碧理だ。  今、この中で、誰よりも願いが強いのは碧理だろう。  慎吾と翠子はお互いの気持ちが通じ合い両想いになった。だから願いも必要ない。美咲も黒川健人と話すことが出来て少しだが落ちついた。  まだ未練は残しているが、凄く付き合いたい訳じゃない。  蒼太は皆が心配で付いて来ただけで、最初から願いはなかった。  でも碧理は違う。居場所が欲しい。そのために、ここまで来た。  碧理の必死な様子を見て、知世は向かい合った。 「願いは、本当に叶うからよ。でも……代償も大きいわ」 「代償……?」  怪訝な顔をした碧理に、知世は言う。  それは長年、「紺碧の洞窟」の守り人として、探しに来た全員に伝えていること。  願いは叶う。でも、無くなるものがあると。 「それはね。……願いが叶うと、大切な、忘れたくない記憶を一つ失うの」 「えっ……。記憶を?」  思いもよらなかった代償に、五人は顔を見合わせた。  記憶を失う。そんなことはファンタジーの世界だ。現代社会ではあり得ない。  変なことを言って追い返そうとしているのか、それとも、洞窟の話自体が嘘なのか、碧理は判断に迷った。 「そんな、非現実的なこと……ある訳がない」 「そうね。皆、最初はそう言うわ。でも本当なの。もし願いを叶えたかったら覚えておいて。大切な記憶が一つ無くなると。それでも願うなら……案内するわ」  知世は真剣で、騙そうとしている様子や、嘘を付いているようには見えない。  碧理は願いを叶えたかった。  でも、記憶を失ってまで欲しい物か考え込む。  あと半年経てば家を出る。  いつも不愛想で、碧理と進んで話すこともなく家にはいない。そんな拓真は、再婚してから穏やかになり人が変わったように笑うようになった。  しかも、さっきの電話だ。  今までなら碧理を気にかけることなどなかった。なのに、外食まで提案された。何かが変わり始めている。 「願いを叶えたいのは、あなただけかしら? 後の人は興味がないみたいね」  黙り込む碧理とは対照的に、他の四人は心配そうに様子を伺っている。 「碧理。本当かどうかわからないけど止めとかない? 記憶を失うとか怖いよ」  美咲が止めに入る。 「止めとけよ、花木。願いは……自分で叶えれば良い。現実味はないけど嫌な予感がする」  美咲の意見に、野生の勘でも働いたのか慎吾も引き止める。 「そうですよ、碧理さん。辛いことがあれば、私も協力しますから」 「花木さん。記憶を失うだけの価値が、その願いにあるか考えて。……困っているなら、迷っているなら、僕も相談にのるから」  美咲以外は碧理の願いを知らない。でも、口々に思い留まるようにと説得をしてきた。 「いいお友達ね。明日のお昼までに返事を頂戴……ゆっくり考えて。あ、もうすぐ花火よ。二階の部屋に案内するわね。ここから良く見えるわ」  四人が何を言っても、碧理は考え込んだままで返事はない。  それを見ていた知世が碧理を見た。 「後悔をしないように。人生は一度きりだから。願いを取るか、記憶を取るかはあなた次第よ」 「……碧理。どうする?」  知世に案内された部屋は二階の二間。続き間になっていて、今ではあまり見ることのない畳の部屋だ。  知世は「寝る時は男女別々ね」と言うと、一階へと下りて行った。 「……うん」  気のない返事をしながら、碧理は窓の外の景色をじっと見つめる。  色とりどりの大輪の花火が、暗い夜空を飾っていた。  水上花火も行っているらしく、光が海に映る様子は、また格別に美しい。  他の四人も、その光景を目に焼きつけるように見入っていた。  明日、家に帰ることは決定事項だ。逃避行も終わりを迎える。 「……皆、家に帰ったら、残りの夏休みはどう過ごすの?」  沈黙が続く中、碧理が口を開いた。 「私は勉強する。引きこもり止めて二学期から学校行くから」 「えっ?」  不登校児の美咲の宣言が意外すぎて、碧理以外の三人も目を見張った。 「なによ、その意外そうな顔。私もそろそろ本腰入れて勉強する。ほら、商社狙いたいし、そこから素敵な結婚に繋げたい。待っているだけじゃ相手は来ない! シンデレラじゃなないんだし。なら将来有望な人がいっぱいいる一流企業狙いよ」  いつの間にか、美咲の夢はお嫁さんになったらしい。しかも、相手はハイスペック狙い。そのために自分自身を磨くと言う。  理由はともあれ、引きこもり解消は目出度いことだ。 「なら、美咲と学校で会えるね」 「うん。たまにはお昼を一緒にお弁当食べよう」 「楽しみにしてる」  学校でも美咲と会えることが嬉しくて、碧理は笑顔を見せる。 「俺も勉強かな。まず英語。それから……白川と同じように学校、真面目に行くか」  慎吾の口からも勉強の二文字が出てきて碧理は驚いてしまう。 「良いんじゃない。慎吾は元々、頭が良いからすぐに追いつくよ。僕も頑張ろう。部活で遅れた分、取り返さないと」  高校三年の夏、皆が未来に向けて動き出す。  手探りで、そして、まだ見ぬ先に不安を抱いて。少しでも前へ向こうと。 「私は残りの夏休みで海外に行って来ます。留学先を選びたいので」  翠子は張り切って未来を語る。  一番大人しいように見えた翠子が、一番行動的だった。ここにいる誰よりも先に歩き出そうとしていた。  そんな翠子の姿が、碧理には眩しい。  目標を決めて夢を叶えようとする姿が、羨ましいと思った。 「碧理はどうするの?」  美咲の声に、碧理は答えられない。自分で質問をしといて、自分がどうするのか、全く思いつかない。 「うん。たぶん、私も勉強かな」 「そっか。……来年の今頃は、私達、高校生じゃないんだ。なんだか寂しい。皆、どんな道に進むんだろうね」  漠然と不安を感じているのは、碧理だけではないようだ。  皆がもがき、最善の道を探すため必死に努力する。 「なんか……センチメンタルだね」 「だって、こんなに綺麗な花火を皆で見られるなんて思わなかったから。一人で見ても面白くないし」  美咲の感想は他の四人も同じだ。  偶然とは言え、そこまで親しくなかった四人が不思議な縁で今ここにいる。それが、碧理には嬉しかった。  仲間が出来たみたいで。 「あ、もう終わるね……。私、眠くなっちゃった。お風呂入って休もう」  美咲の言葉に、全員が頷き眠る準備をする。  花火が終わった空はとても暗くて、海もまた、全てを呑みこんで消し去りそうに見えて、碧理は身震いした。
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