23 八月十日、あの時の真実①

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23 八月十日、あの時の真実①

「花木さん! 碧理! 目をあけて。お願いだから」    自分も全身ずぶ濡れになりながら、蒼太が必死で心臓マッサージを繰り返す。  ぐったりしたままの碧理の顔は、血の気が失せ何一つ反応を示さない。    慎吾の制止を振り切って海へと入った蒼太は、奇跡的に碧理を見つけた。そして、慎吾の助けもかりながら浜辺へと碧理を連れて行った。  何度も声をかけ、呼びかけ続けたが呼吸は止まっていた。  蒼太が、部活の合宿で習ったという心肺蘇生を施す。だが、碧理は横たわったまま時間だけが過ぎていく。   「榊さん連れて来たよ! 碧理は?」    美咲と翠子は、周囲に人がいなかったせいか、紺碧の洞窟の管理人である榊を連れて来た。  榊は碧理の側に跪き様子を伺う。   「榊さん、助けて! 碧理が……死んじゃうなんてやだ!」    美咲が泣きながら訴える。そんな美咲に、榊は悲し気に首を横に振った。  碧理を広い海の中から探し出し、引きあげるのに手間取り時間がかかり過ぎていた。救助の際は一分一秒が生死をわける。    碧理を助けて出して十分以上が経っていた。  顔を強張らせ見つめている四人の視線を受けながら榊は口を開く。   「……もう無理よ。五分でも生存率は二十五パーセント。碧理ちゃんを助けてから、それ以上時間が経過しているでしょう? もう……やめましょう」   「そんなことない! まだ……まだ死んでない!」    泣きながら心臓マッサージを繰り返す蒼太の手に、榊がそっと自分の手を添える。   「もう無理よ。それは、君が一番わかっているわ」    榊の言う通り、碧理が冷たくなっていることに蒼太は気が付いていた。でも、まだ諦めたくはなかった。  やっとで両想いになったのに。これから、楽しい思い出を作るはずだったのに。それが、一瞬で崩れたのだ。    その衝撃は計り知れない。    それは蒼太だけではなく、身近な死を感じたことがなかった三人も同じだった。  翠子は嗚咽を堪えながら、震える足に力を入れ慎吾に縋りつく。  そんな翠子を支えている慎吾もまた……茫然としている。何が起こったのか理解出来ていないようだ。    美咲は、碧理の側に座り込み、泣きじゃくったまま声を上げて泣いている。蒼太は榊から説得されて、碧理から手を離した。   「……救急車は?」    落ちついているのは榊だけで、放心状態の四人を見渡す。   「私達、スマホを持っていなかったから……だから、連絡出来なくて……」    榊の言葉に美咲が反応した。  朝早くから海に来ていた五人は、蒼太と碧理以外スマホを持っていなかった。そのせいで助けも呼べず、自力で誰かを呼んで来るしか道はなかった。   「宿に戻って連絡してくるわ。あなた達はここにいて」    榊が歩き出す。  だが、それを蒼太が止めた。   「待って……榊さん。僕は願い事がしたい。紺碧の洞窟で」    立ち上がった蒼太は、涙を堪えるように乱暴に手で拭う。  その瞳は力強く、何かを決意したようだった。   「……大切な記憶が消えても? 碧理ちゃんとの記憶が消えても願いをするの?」    蒼太がどんな願い事をするのか、榊はわかったようだ。  他の三人も気づいたようで、固唾を呑んで見守っている。   「やっと……好きだって言えたんだ。だから、花木さんが生きていれば何もいらない。記憶を失うのは残念だけど、また……僕が恋をすればいい」   「……そう。だけど、今まで死んだ人間を生き返らす願いをした人はいないの。リスクが伴うかも知れない。記憶以上の……それでも良いの?」   「いい。どんな結果になっても僕は後悔なんてしない」    決心したように榊を見る蒼太は迷いがない。  その覚悟を見て、榊は頷いた。   「行きましょうか……。あとは洞窟が選んでくれるわ。願いを叶えるかどうかを」   「ちょっと待て! 花木をこのままにするのか? 蒼太、ただの都市伝説だ、考え直せ。死人が生き返るなんてありえない! 早く警察に連絡して……花木の家に連絡しよう」    願いが叶う洞窟を信じていない慎吾は、お伽噺だと一蹴する。   「それでも! それでも僕はそれに賭けてみたいんだ。慎吾だって、死んだのが翠子さんなら同じことをしただろ?」    蒼太の指摘に慎吾は黙り込む。  図星だった。それが、とても不思議でありえないことでも、縋れるものなら縋りたい。  慎吾も翠子が死んでいたら誰が止めても蒼太と同じ道を選んだだろう。   「待って! 私も行く。一緒に、森里と一緒に祈るよ!」    美咲も立ち上がり榊の元へと駆け寄ろうとするが、それを蒼太が止めた。   「だめだよ。白川が来たら、記憶を失くした僕と碧理の仲を誰が取り持つの? 慎吾も翠子さんもだよ」   「そんなの何とでもなる。お前のことだから……何が起こるかわからないから、自分だけ犠牲になろうとしているだけだろ? そんなの許すわけない!」   「……慎吾」    昔から友達だった二人は、お互いの性格も熟知しているらしく譲らない。  蒼太は慎吾達の身を案じて一人で行くと言い張り、慎吾は皆で助け合おうと説得を始めた。  そんな若者達の様子を眺めていた榊が声を上げる。   「君達、人が通ってもおかしくない時間帯になっているわよ。ここにいると目立つし、何よりも今の状況を見られるとまずいわ。願いが叶うと……死体が生き返ったってニュースになるわよ」    その言葉に四人は言い争いを止めた。そして、蒼太が三人を説き伏せる。   「行って来るよ、僕一人で……。慎吾、花木さんをよろしく。白川と翠子さんだけだと心もとないから、誰にも見つからないようにして。……頼むよ」    碧理のためにと、蒼太がくしゃりと顔を歪ます。   「……わかったよ。花木のことは任せろ。でも、絶対に帰って来いよ」   「ああ」    慎吾は納得が出来なかった。    だが、この中で一番辛いのは間違いなく蒼太だ。少し前までは嬉しそうに笑っていた二人の姿はどこにもない。  なぜあの時、碧理をすぐに止めなかったのか後悔だけが四人の頭を過る。   「記憶を失くしても……絶対に碧理と森里を付き合わせるから!」    榊と一緒に歩き出した蒼太の背中に向かって、美咲が声をかけた。それに答えるかのように、蒼太が振り返って頷いた。   「私も、二人の恋をまた全力で応援します。だから……負けないで」    翠子も必死でエールを送る。    二人の姿が遠くなると、慎吾の指示に従って碧理を人目につかない場所へと運んでいく。そこで蒼太の帰りと、碧理が目覚めるのを三人は待つことにした。      本当に叶うかわからない願いを。           「ここが紺碧の洞窟?」 「そうよ。あなた達は……選ばれたようね。本来なら、洞窟の中まで海水が入り込んでいて人は入れないの。……洞窟が人を選ぶから」 「洞窟が?」  砂浜を歩き、小高い山にある崖へと蒼太と榊は辿り着いた。岩肌に沿うように歩みを進めていると、蒼太はあることに気が付く。  海の中に人、一人だけが通ることの出来る道が出来ていると。  まるで蒼太を待っていたかのように、その道は遠くに見える洞窟へと続いていた。 「あの洞窟が紺碧の洞窟よ。私はここまでしか案内出来ない。だから、もう一度確認するわ。願いが本当に叶うかはからない……。あなたの願いはリスクが高すぎるから。自分が死ぬことになっても良いのね?」  榊が最後の確認をする。  本当に良いのかと。 「僕の心は決まっているよ。花木さんがいないと、僕が耐えられない。だから、願いを叶えに行く。たとえ、どんなリスクを背負っても」 「……わかったわ。あなたに、紺碧の加護がありますように」  榊がそう言い終わると蒼太を送り出す。  だが、数歩歩いて蒼太は立ち止まった。 「榊さんはどうして番人をやっているの? 願いが本当に叶うなら、宿もいっぱいで、この辺りも俺達くらいの年代が面白がってくるでしょ? なのに、俺達以外誰もいない。不思議だね」  蒼太の疑問は最もだ。  榊の様子や言動から「願い」は叶うのだろう。なのに、都市伝説で終わっている。 「……洞窟が人を選ぶからよ。選ばれた人間しか私の宿には来れないの。それと、私はあなた達と同じ、過去に願いを叶えた者よ。だから、ここにいる。さあ、行きなさい……彼女の魂が空へといかない内に」  意味深な言葉を残して、榊は蒼太を送り出した。  もっと榊から色々と聞きたかったが、碧理を生き返らせるために洞窟へと向かう。  朝だと言うのに、洞窟の内部は薄暗い。  奥へと進むと更に真っ暗だ。しかも奥に行くにつれて水量が上がっている。最初は足首だった海水が、今は蒼太の膝まできている。 「……もしかして早く願いを言わないと溺れるとか?」  嫌な予感がして蒼太は歩みを早めた。  水を掻き分ける音と、何かが飛んでいる音だけが耳につく。  岩肌に手をつけ慎重に歩く内に、暗闇に目が慣れてきた。  飛んでいる音はコウモリのようだ。生まれて初めて目にするコウモリに警戒しながら歩みを進める。  すると、奥で何かが光っていた。  一本道だった洞窟が、円形状の広い空間へと繋がっていた。光の元は、どうやら岩肌に付着している苔らしい。どういう苔かはわからないが暗闇の中光る種類のようだ。  周囲を観察していると、ふと祠が目についた。  近づいてみる。  覗き込むと、それは岩肌をくり抜いて作ったらしい。  祠の中央には木で造られた仏像らしきものがある。だが、月日が経ちすぎているのか、すでにぼろぼろだ。  その仏像の前には、占い師が持つような丸い水晶が置かれていた。 「これに祈れば良いのか?」  祠の他には何もなくて道もない。  すると、悩んでいる蒼太の頭に水が落ちてくる。冷たさに驚き、頭上に視線をむけると言葉を失った。  そこには、白い大きな鳥が描かれていた。  種類はわからないが、有名なナスカの地上絵に似ている。 「助けて欲しい。花木さんを、碧理を助けて」  その鳥を見ながら、蒼太は祈り始めた。  ――碧理が生きかえるようにと。
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