24 八月十日、あの時の真実②

1/1

157人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ

24 八月十日、あの時の真実②

――声が聞こえた。彼の声だ。  私のことを好きだと言ってくれた、大好きな彼の声。なのに、今はもう聞こえない。待って。行かないで!     「――碧理!」  碧理が目をあけると、最初に飛び込んできたのは、彼ではなく泣いている美咲の顔。  だが、横たわる碧理が目をあけると、美咲は驚愕の表情を浮かべた。  なぜなら心臓が止まった、死んだ人間が生き返ったのだから。  それは美咲だけではなく、慎吾や翠子も同じようで、二人共、碧理を何度も見つめたまま泣くことしか出来ない。  翠子は声をあげて。  慎吾は嗚咽を堪えながら。 「なにが、あったの? ……森里君は?」  身体が少し重い。だが怪我もしていない。ただ、何があったのか碧理は上手く思い出せなかった。 「碧理! 良かった」  死んだ時の後遺症も見られない碧理に、美咲が抱き付くとそのまま説明を始める。  碧理が波にさらわれたあと、何があったのかを。  それを真剣に聞きながら、碧理は震えが止まらなくなる。  蒼太は、碧理のために大切な記憶を失くした。  まだ本人に会っていないが、死んだ碧理が生き返ったのだ。願いが叶う洞窟の話は真実だ。 「……森里君は何処に行ったの?」  震えながら碧理は三人に問いかける。  その時、辺りに救急車のサイレンが響き渡った。それは不吉なもので、四人は不安げに黙り込む。 「えっ? 誰か救急車呼んだ?」 「呼んでない。花木が倒れて動かないのを誰かが見ていたとか? 地元の人が通報した?」  怖々とした美咲の声に慎吾が答えた。  そんな中、翠子が怪訝な顔をする。 「碧理さんではないようですよ。救急車が通りすぎて行きました」  確かに翠子の言う通り、救急車の目的は碧理達ではないようだ。その先、小高い丘を目指していた。 「森里君を探さないと」  碧理達が立ちあがると、落ち着いた声がかけられた。 「――彼はもういないわ」  その声の主を、四人が一斉に見る。  碧理を見て、ほっとした表情を見せた榊は、すぐに困ったような切なそうな顔をした。その様子を見て、碧理は嫌な予感がした。 「どう言う意味ですか? 榊さん! 森里君は?」  碧理が榊に詰め寄る。 「彼は……あなたを助けるために死んだわ。やはり生死に関わる願いは……代償も大きいようね」 「……どう言う意味? 森里君が死んだ? 私のせいで……嘘よ。そんなはずがない! どうしてそんな嘘をつくの?」 「嘘じゃないわ。彼はあそこよ」  榊が指差したのはさっき通りすぎて行った救急車。  碧理の背中に嫌な汗が流れた。  すると、慎吾が走り出す。  榊が言っていることが本当かどうか確かめるために。 「彼が洞窟から出て来ないから見に行ったの。そしたら、水の中に倒れていたわ。もう息はしていなかった。だから救急車を呼んだの」  淡々と説明する榊に、碧理と美咲は放心状態だ。  すると、一番大人しい翠子が詰め寄る。 「どうして? 碧理さんの時は救急車を呼ばなかったのに今は呼んだの? 私達がまた洞窟で願い事をすれば生き返るじゃない!」  翠子の言うことは最もだ。  蒼太を救うために、また願えば良い。  ――紺碧の洞窟で。 「それは出来ないわ。彼は、あなたを生き返らせるために願って死んだ。同じことをしたら、また誰か死ぬわ。そんなリスクを背負う人がこの中にいるの?」  榊の言葉に三人が黙り込んだ。  自分が死ぬと分かっていて願う人間なんていない。それでも、碧理は生きていて欲しかった。蒼太に……。  恋をしたのはたった数か月だけど、彼の優しさに何度も助けられた。なら、元に戻すだけだ。自分が生きている今が、自然の摂理に逆らっているのだから。 「……私が願うわ。だって、それで元道りじゃない。森里君がくれた命を、また彼に戻すだけだもん」  二度も死ぬ経験をするのは辛い。恐怖だ。  それでも、碧理は蒼太に生きていて欲しかった。 「俺も願う! そうしたら、花木の命を全部とらなくても良いだろ!」  息を切らしてかけられた言葉は慎吾のもの。  力強く宣言する彼を見て、榊の言ったことは本当だったのだと三人は悟った。 「赤谷……森里は?」  美咲が泣きながら確認をする。  答えは分かり切っているのに。 「……死んだ。救急車で病院へ行くそうだ。俺は認めない。蒼太が死ぬなんて……だから、俺も願う。記憶を失っても、寿命が半分になっても」  真剣な慎吾の表情に、榊は辛そうだ。  まるで、何かを思い出すように悲し気に俯いた。 「わ、わたしも慎吾君と一緒に願います! 碧理さんだけに任せておけません。記憶がなくなっても、また皆に会いに行きます」  翠子が宣言すると、美咲も続く。 「本当は私、怖いんだからね。まだ死にたくないんだから! でも、碧理がいなくなるのが嫌だから一緒に願う。森里を生き返らせてって」 「皆、無理しなくても良いよ。元はと言えば私が悪いんだから。ハンカチを追って海に近づいたから」 「違います! 元はと言えば、私が怪我をしたせいです。こんなかすり傷、無視すればよかったのに」  碧理が責任を感じると、すぐに翠子が反論する。 「違うわよ。元はと言えば、私が洞窟へ行こうって言ったせいでしょ! だから自分を責めるのは止めて。今は森里のことを考えよう」  美咲が碧理と翠子の間に入る。 「そうね。それが良いわ。……洞窟へ行けなくなるもの」  榊の声に碧理が反応した。 「どういう意味?」 「そのままよ。洞窟が人を選ぶの。急がないと渡れなくなるわ。行くわよ」  背を向けて歩き出した榊に四人が付いて行く。  蒼太を助けるために。      そして、四人は願った。  自分の記憶と引き換えに。  蒼太を助けるために。  ――生きて欲しいと。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

157人が本棚に入れています
本棚に追加