路線達の物語─風邪

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私達は路線という概念から生まれ、人の身体に収められた存在である。それ故に。 「京王、熱は?体温計貸して」 「⋯⋯」 「うーん、まだ下がらないわね」 風邪を引くことも無い訳では無い。 多分風邪である。 相模原はいつも忙しく、高尾には家の事を頼み、井の頭は用事があるといい、そして小田原を呼んできて今に至る。 「ま、風邪は最強の難病。薬飲んで温かくして寝るしか術はないわ」 そう言いながら、高尾が運んできたお粥をスプーンですくう。 「起きれる?」 「⋯⋯」 返事はせずに、上半身だけ起こす。小田原はふーっと息を吹きかけてお粥を覚ますと、差し出してくる。 少し熱いが、食べれないほどではなかった。 鮭らしき塩味を僅かに感じた。冷蔵庫に入っていたフレークを入れたのだろう。 ほとんど無い食欲でも、なんとか完食はできた。 「はい、薬」 水の入ったグラスと共に渡される。小さいのが二つと、大きいのが一つ。 薬を飲み終えると、再び横になる。 「風邪ってさ」 「?」 「色気増すわね」 「は?」 つい出した声は酷く掠れていた。 「さすがにそこをどうこうするほど節操なしではないけどさ。まず全体的に気だるげで力の抜けた感じ。そして熱を持った吐息に赤く染まる頬。とろけるように虚ろな目。あ、あと食事とかも支配してる感覚でいいもんだわ」 こいつ。人がぐったりしているのをいいことに好き勝手言って。 回復したら殴ってやろうか。 「あっははー冗談だから布団から顔出しなさいって」 冗談ではない何かを感じた。 と、その時、ドアが開いたと思うと高尾が入ってきた。 「器取りに来たよ。あと、小田原さんご飯食べる?って、もう用意しちゃったんだけど。⋯⋯冷凍だから安心してね」 「あら、いいの?じゃあお言葉に甘えて」 「リビングに置いてあるよ。冷めないうちに召し上がれー」 「ありがと。京王、後でね」 ひらひらと手を振りながら小田原はいなくなる。 「あんまり布団被ると暑いんじゃない?」 「⋯⋯」 布団をズラす。元々頬は赤いだろうし、恐らく問題は無い。 「姉さんさ、昔私が風邪ひいた時のこと覚えてる?」 鮮明に記憶に残っている。あれは、まだ高尾を御陵と呼んでいた頃のこと。 「姉さんがうつしたからって言って、付きっきりで看病されたよ。夜なんて、治ったばかりだから平気だって隣で寝てたし⋯⋯私より先にね。⋯⋯あはは、気にしてないから潜らないでってば。出てきてー」 あの日もあいつに呼ばれていたが、唯一自分から断った⋯断ることが出来た。 「でも、風邪を引くと人肌恋しくなっちゃうからねえ」 「⋯⋯」 「近くで誰かが支えてくれると、安心できるかなって」 それは確かにそうだ。一人で苦しむのは大変辛いことで、やはり誰かが看病してくれると嬉しい。 「えい」 「!」 高尾は、本当に唐突に私の頬をぷにぷにとつついた。 「やわらかーい」 「む⋯⋯」 「まだほっぺた熱いね。明日になったらだいぶ落ち着くと思うけど」 無邪気に笑う高尾。そんな姿に安心する。 時々覗かせる、どこか虚ろな諦観。高尾が遠くにいるような気がして不安になる。 「大丈夫、私はここにいるよ」 心の中を見透かしたように、高尾は言った。 「誰かついてないとだもんね、姉さん寂しがり屋だから。あー埋まらないでー」 高尾に遊ばれているような気がする。 「すぐ戻るよ、早く良くなるといいね」 にこっと笑うと、高尾は空の器を持って部屋を後にした。
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