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でも、そうはいっても私は今まで一人の男性としか付き合ったことがない。大学時代に一度だけゼミの先輩と付き合ったきりだ。
その時は恋人同士がすることを一通りなぞり、先輩が卒業するとともにあっさりと別れた。今思えばお互いに学生時代を楽しむための必要部品として一緒にいただけなのかもしれない。なんとも虚しくやはりつまらない関係だ。
だから悲しくもなかったのに、そのはずなのに別れたときの会話を今でも覚えている。
「あのさ、アイってあんまり俺のこと好きじゃなかっただろ。っていうか好きだった?」
「え、何言ってるの」
「なんか一緒にいてもつまんねぇなぁって顔してていっつも俺一人って感じだった。ぶっちゃけると。ヤッてるときもさ、ちょっとはいいって思ったことあった?」
「ちょ、え?なに?私何か悪いことした?」
一体何を言っているのかわからなくて私は戸惑った。彼の問いに一つも答えうることができない自分に気が付かないまま。
「ははは、まぁいいんだけどさ。偉そうなこと言うけど幸せに生きろよ」
最後は大人な風を吹かせて彼はそう言ってから去った。それからもう会っていない。
そんな恋愛しかしていないのだ。だから恋愛経験豊富で結婚をしたユウにかける言葉などつまらないものになって当然だ。
「子供とかできたら変わるかなぁ」
今度は簡単に人一人の命について言うユウの横で私は「ええ?もう、何言ってんのよ」とありきたりな反応をして先輩との思い出を探る。
先輩と付き合ってるとたきつまらなかっただろうか。あんまり思い出せない。一体どこにデートに行っただろう。一体何を話しただろう。覚えていない。
ああ、そうか。こんなだから結局はつまらなかったということなのだろう。
そうやってユウの横で関係ないことを考えていた。
ユウとのお茶を終えて帰宅ラッシュの人の波をよけながら駅に向かうと、神様のいたずらというべきかユウの夫であるミツルを見つけた。
ミツルはこの付近にある印刷会社のサラリーマンで収入は悪くないと聞いている。車で通勤すればいいのに街中を運転するのが怖いだかなんだかで電車通勤らしい。
ホームに立つ作業着を着たミツルは疲れのせいか皺が刻まれた顔をしており、童顔ながらそのせいで年相応より少し上に見える。それでも背がすらりと高いこともあって雰囲気はかっこいい風だ。まぁ、実際容姿は悪くない。
声をかけようか悩んだが同じホームで降りる駅は一駅しか違わないのでこのまま一緒の電車に乗るのもなんだか気まずい。
どうしようか、と悩んだ末に近づいて「こんにちは」と慎重に声をかけた。
ミツルは私の方を見て一瞬怪訝な顔をした。無理もない。今までにあったのは結婚式を入れても三回ほどだ。友達が多いユウだから他にもたくさん顔を合わせているだろう。
私は「あの、ユウさんの友達の。ワジマアイです。覚えてませんよね。あんまりあったことないし」と説明する。
するとミツルはハッと表情を一気に変えて「あ、ああ。ああ!」と私を指さしてうなづいた。
こんな大人が人を堂々と指さすなんて初めて見た。でも不快じゃない。童顔が手伝ってかかわいらしくさえある。
ミツルは自分の行動に気が付いて慌てて指を下ろして頭を下げた「すみません。失礼しました。あの、お世話になってます」とどこかで習ったような言い方をして挨拶をしてくれた。
それがまた、かわいらしく見えるもので背が高いのに小動物を目の前にしているようだった。
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