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「さっきユウとお茶してたんですよ」
「あ、そうなんですね。確か、あ、言ってました。今日友達と会うって。ワジマさんだったんですね。ユウももう帰るって言ってましたか」
「多分、そうじゃないですかね。でもユウならどこかでぶらぶらして帰るかもしれませんね」
共働きの夫婦でユウ自身がすべての家事を背負っているわけではないそうだ。必ずしも毎日旦那さんのためにご飯を作って待っているわけではないと聞いことがある。ミツル自身もそれに賛成らしく、何とも今時の夫婦の価値観だ。
「ああ、そうですね。確かに。今日はカフェにでも行ったんですか」
「はい、駅前にある」
電車を待っている間も電車に乗ってからも二人でとめどなく会話をした。それは親しくないもの同士にありがちな沈黙を持ちたくないからとにかく会話をする、というものではなく自然なものだった。
まるで今までためていたものを吐き出すように言葉を流し、久しぶりに職場以外で異性と話をした私は少しだけ浮足だっている。珍しいことだと自分でも思った。
普段はそんなこと思いもしないのに。
あっという間に次が私が降りる駅になるので電車の外の景色をうらめしく見ながら「連絡先」と思わず小さくつぶやいた。
「え?」
「あ、なんでもないです」
「連絡先、交換しますか」
どうやら聞こえていたらしくミツルは目を泳がせながら言ってポケットからスマホを取り出した。画面の保護シートが傷だらけのスマホだった。
「あ、えっと。いいんですか」
「はい、ユウもワジマさんだったら気にしないと思いますし。これから三人でどこか行ったりとかあるかもしれないしそれに、ワジマさんと話してると面白いですし」
私と話すと面白い。という言葉が全身をしびれさせた。たったそれだけの言葉で頭の中がマヒする。
促されるまま私もスマホを取り出して連絡先を交換する。お互いに無言でそれぞれの緊張の糸がぴったりと合わさっていることに気が付いている。それに気が付いているのは私だけではないはずだ。
空気に反して機械は無機質に正確に冷静に動き、連絡先がお互いの手のひらに収まる。その瞬間だった。
あ、なんだろうこれは。満たされている。
瞬時に私はそう気が付いた。ふとミツルを見上げる。するとミツルの瞳からも見えない何かがあふれているように見えた。
ああ、これは駄目だ。よくない。でも、抗えないことはわかっている。
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