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抗えないという予想は的中していた。その日からなんでもないことでメッセージをやりとりし、そのたびに一ミリにも満たないがだが確実にお互いの距離を縮めてしまっていた。
それから決定的なことが起こったのは連絡先を交換してかたひと月が過ぎようとしているときだった。
週末目前の木曜日にミツルからユウも交えて三人で出かけないかというものだった。場所は県内で有名な橋を見に行こうというものだった。
正直橋自体に興味はなかったがいミツルにまた会えるのは私にとってはうれしいものでしかなく、仕事でひん死になっている金曜日を軽く過ごすことができるくらいの光を持っていた。
ああ、私は抗うことをしなかった。できなかったのだ。私は、もう完全に深く堕ちてしまっている。
ミツルに会える喜びと自分の感情の戸惑いを抱えたまま待ち合わせ場所である駅に向かった。
ミツルはすぐに見つかったがユウが見当たらなかった。その時点で明らかに様子がおかしいと思った。
「ユウは?」
すぐに聞くとミツルは気まずそうに髪の毛に手をやってまた瞳から見えないものをあふれさせた。電車の中で見たものと同じだ。
ミツルは問いに答えることはなく「そろそろ電車が来るので、行きましょう」と私を促してそのまま二人でホームに行き電車に乗った。
車内の人は少ない。座れるところはいくつでもあった。だがミツルも私も立ったまま話をした。
というかミツルが一方的に今日の目的地の橋について話していた。
私はその話を必死になって頭に入れる。だが内容よりもミツルの髪の毛の一本一本のクセや、目元の皺の位置、瞳の色を記憶するのに精いっぱいだった。
もう頭の中にはユウのことはなくなっていた。
目的地の駅は無人であたりは山や畑と言った緑しかなく、いかにも田舎だった。駅には軽トラックも止まっている。
「ここから歩いてすぐなんですよ。橋」
「そうなんですね」
そんなことを言って歩き出し目的地の橋についた。車も通っていないそれにそんなに高いところにあるわけでもない橋は、日常的にもよく見かけるタイプのものだ。特別観光に来るスポットではないようなところだ。
ミツルが少し前を歩きそして私が一歩分の後ろを歩く。ミツルの影を踏むか踏まないかの距離だ。
橋には誰もいない。二人だけで時々風がよこからふっと抜けていく。橋の中腹まできたところで、ミツルが振り返った。
「好きになりました」
間違いなく自分に向けられた言葉に私は喜びよりも「来た」とだけ思った。おそらくミツルは今日のおでかけのことをユウには言っていない。ユウが来ると言えば私が来ると思ったのだろう。
「あの、それどういう意味か分かってますか」
「はい。わかってます」
覚悟を決めた言い方に私は「ああ、駄目だよ」と冷静に心の中でつぶやく。それは自分に対してとミツルに対してだ。
「ユウの事俺知ってます。多分ワジマさんになら話してますよね。俺のこと捨てたいっていうこと」
私は黙ったままうなづいた。こうやってうなづくことしかしないことは卑怯なことだと知っている。変にユウをかばうと今のミツルの気持ちは揺らぐだろう。
思わず私は後ずさった。自分が考えていることがあまりにも恐ろしい。
しかしミツルに手をつかまれそのまま引き寄せられ、抱きしめられた。付き合ったことは一回しかながこの腕が一番あたたかいことは間違いない。
私の腕は下げられたままだ。ミツルの背中に手を回すことをためらうそぶりすらできない。
ああ、駄目だ。抗えない。私はこの男を拾ってしまう。その未来は明らかにどす黒く薄汚い。
この人が欲しい。という邪まな欲望を秘めた私に遠くからあの日の言葉が呼びかけている。
「幸せに生きろよ」
私の幸せは、きっと正当な場所には築けない。
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