まったく。女という生き物は。

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 学校からの帰り道、不意に同級生のリツが肘で脇腹をつついてきた。  リツとは部活が同じなうえに、家が近所なので、よく一緒に帰っていた。 「なぁなぁ。あのカップル、別れ話かな?」  リツの視線を追うと、公園の池の側に微妙な雰囲気のカップルが居た。 「知らんわ。他人の色恋に興味なんてない」 「ほら。見て。なんかあの男の人さ、必死な感じせぇへん?」 「人の話しを聞かんかい。興味ない言うてるやんけ」  どうして女子は恋愛になると目の色が変わるのだろう。  ドラマにアニメ。漫画に小説。ソーシャルゲームまで恋愛もの。女子が集まれば恋話(こいばな)ばかり。  友達だから。というよくわからない理由で、恋人同士の問題に首を突っ込んでは、あれやこれやと話をややこしくしたりもする。  女子には友情表現のつもりなのかもしれないが、男子にとっては迷惑千万。いらぬお節介でしかない。  少し前のこと。  俺はリツと一緒に帰っているという理由で、勝手に恋人同士にされた。  関係を否定したら、最低男のレッテルを貼られて、いつの間にか遊び人ということになっていた。  本当に意味がわからない。  俺と恋人関係をでっち上げられられたことについて、リツはなにも言わなかったが、俺みたいなぶっきらぼうで、特に取り柄もない男を彼氏にされては、さぞいい迷惑だっただろう。  まったく、勘弁してもらいたい。 「なぁ、ちょっとこっち来て!」  リツはカップルのことがよほど気になるらしく、俺の腕を掴むと植え込みの中に身を隠した。 「……あのさ。俺、帰りたいんやけど」 「いまえーとこなんやから、静にして!」 「おまえは昼ドラに夢中のオカンか」  ツッコミを入れて、ため息をつく。  なんで俺がこんな覗き見みたいな真似をしなければならないんだ。 「おまえな。覗き見とか悪趣味やで……」 「あ、女の人、泣いとるわ。やっぱ別れ話やで」 「ホンマ人の話を聞かんやっちゃな」  悪態をついてみたものの、「女が泣いている」という単語が気になり、俺もリツと同じように植え込みの隙間からカップルの様子を伺った。  リツが言ったとおり、女は泣いてた。  だが、俺には涙を流す女が、悲しくて泣いているようには見えなかった。 「あれは別れ話ちゃうな」 「なんでそう思うん?」  俺の言葉にリツは唇を尖らせた。 「よう見てみぃ。女が男の袖を握っとるやろ。別れ話やったらそんな真似するか? せぇへんやろ。普通」 「でも、別れようって言ったのが男の人やったらあり得るんちゃう? 女の人の気持ちの整理がつかへんとか。別れたないとか」 「そらな。でも、どう見てもあれは男が女を説得してるようにしか見えへんで」 「んー、そうやなぁ」  俺はリツとはしばらくの間ふたりの様子を観察していたが、俺はうだうだと話しているだけの状況にだんだんと飽きてきた。  だけど、そんな俺とは対照的にリツは真剣そのもの。張込みの刑事のようにカップルの様子を見ていた。 「なぁ、もう帰ろうやぁ。俺飽きてもうたわ。あのカップル話し長いねん」 「もうちょっとだけ待って。別れ話かどうかだけ知りたいねん」 ……なんやでやねん。  俺は心の中でツッコミを入れた。  リツはそんなに他人の不幸が面白いんだろうか。  そうえば、女子はカップルが成立したときより、関係が破綻したときのほうが会話に熱が入っているように思える。  俺には理解できない感覚だ。  惚れた晴れた、くっついた別れた。そんなの本人達のことだ。他人がとやかく言うことじゃない。ほっとけばいい。 「だから、別れ話ちゃうって」  俺が半ばなげやりに言うと、リツは俺に向き直って、「ほな、勝負しよか?」と言った。  目を細めて唇を片方だけ上げている。  これは俺を挑発している表情だ。かかってこいや!と。  リツに挑まれた勝負を受けないわけにはいかない。リツ相手に退くという選択肢は俺にはない。 「負けたほうは勝ったほうの言うことをひとつだけなんでもきくこと。これでどうや」  リツは人差し指を立ててニヤリと笑った。 「ええやろう。その勝負、受けたる」   ちょうど喉が渇いていたところだ。サクッと勝ってジュースでも奢らせよう。  そう意気込むと、カップル観察にも自然と熱が入った。  女は泣いたり、怒ったり、拗ねたりと感情がころころと変化する。  対して男は黙ったり、なだめたりを繰り返している。  なんか、見ていて腹が立つ。  なんの話しをしているか知らんけど、男ならバシーッといったらんかい!  チラリと横目でリツを見ると顔を紅潮させてカップルを観察していた。  勉強もこれくらい真剣だったら、もう少し成績も上がるだろうに。  カップル観察にもいい加減に飽きてきたときだ。 大きな動きがあった。 「あ! 男の人が抱きつきよった!」  リツは右手を口元にやって、左手で俺の背中をバシバシと叩いた。 「わーったから、見たらわかるから、やめんかい! 痛いわ!」  俺はリツの手を払いのけてカップルに視線をもどした。   男は女を抱きしめたまま、耳元でなにかを囁いているようだ。  なんだかドラマのワンシーンみたいだ。  女が抵抗する様子はない。 「やっぱ別れ話やないな」 「まだわからへんよ?」 「なんでや」 「よう見てみ。女の人が男の人を抱きしめ返してないやん。あれは気持ちが離れてる証拠や」 「ほんまかいな」 「間違いあらへん」  リツは自信満々だ。  女の表情は髪に隠れて見えないが、拳が固く握られている。  これは、もしかして。もしかするぞ。  男は女を抱きしめた腕を緩めると、女の頬に手を当てて顔を近づけた。 ……この展開は、まさか! 「キッ、キスする!なぁ。キスやで!」  リツはまたもや俺の背中をバシバシと叩いた。 「叩くなちゅうとろうが!」  俺がリツの手を払いのけたそのときだった。  パンッ!と破裂音が響いた。  女が男の頬にビンタをかましたのだ。  その光景に俺は目を見開き、リツは両手で口をふさいで固まった。 「ふざけるな! そんなんで騙されるか! このゲス野郎!!」  女は捨て台詞を男に投げつけると、大股でその場から去っていった。  残された男は殴られた頬に手を当てて呆然と立ち尽くし、女の背中を見送っていた。  ああなると男というのは非常に情けないものだ。 ○ ○ ○ 「なんか、凄いもん見てもうたなぁ」  帰り道。  リツはまだ興奮覚めやらずといった感じだった。 「そうやな」  そんなリツとは違い、俺はいまいちスッキリしない気分だった。  あの後、男はすぐに誰かに電話をしていた。  その時の表情が沈んだものではなく、妙に明るい笑顔だったからだ。  恋人と別れた直後にあんな表情ができるものなのだろうか。 「あの男の人、なんでシバかれたんやろか」 「さぁな」  リツとは対処的に俺はもうほとんど興味を失っていた。  所詮は他人の色恋。あのふたりがどうなろうと、俺には関わり合いの無いことだ。 「なんかいらんこと言ったんちゃうか」 「いらんことって?」 「知らんわ」  男がいらんことをしたのは間違いないないだろうが、女がどんなことで気分を害するかなんて、俺にわかるわけない。 「その……。あんたは中島とあんなふうに喧嘩したことあるん?」  リツはチラチラと俺に視線を送りながら、遠慮がちに訊いてきた。 「言ってる意味がわからん。なんでここで中島が出てくんねん」 「つきおうてるんやろ?」 「なんでやねんな。そんなガセネタどこの誰から仕入れてん」 「つきおうてへんの?」 「当たり前や」 「でも最近仲良いんやろ? よう話しとるし、この前も教室にふたりきりで居たやん」 「あのな。ふたりで()ったら、つきおうてることになるんか?」 「ならん。とは思うけど、そう見えるやん?」  またこれだ。  ちょっと女子と話すとやれ気があるだの、つきあってるだの。  まったく勘弁してもらいたい。 「あのな。俺は部長、あいつはマネージャーやろが。練習試合の日程とか色々と調整せなあかんことがあんねん。せやから話す機会が多いだけや」 「ほな、恋愛感情みたいなんはないん?」 「んなもんあるかい」  俺は小学校以来の腐れ縁であるリツ以外の女子と話すのは苦手だ。できることなら異性とは関わらずに過ごしたいとさえ思っている。  そんな俺がマネージャーに恋愛感情を持つなどあり得ないことだ。 「ふ~ん。そうなんやぁ」  リツはそう言いながら、なにやら考えている様子だった。コイツがこんな表情をするときは、ろくなことがない。 「なぁ、さっきの勝負やけど、ウチの勝ちやんな」  ほら、きた。 「あ〜。そやな」 「負けたらなんでも言うこと聞くんやったな」 「いっこだけな」  このまえ勝負に負けたときは、やたらと値段の高いアイスを買わされた。  はてさて、今日はなにを奢らされることやら。  リツは不意に立ち止まると、俺の腕を掴んだ。  振り向くとリツは少し俯き、目を伏せていた。 「なんや。どうしてん」  声をかけるとリツは俺をチラリ、チラリと見ながらモジモジした。  なんだ? そんなに言いにくいことを要求するつもりなのか。  俺は身構えた。  約束した以上はちゃんとそれを守る。それが男だ。 「あんな。これは命令ちゃうねん。せやけどな……」  リツがゴニョゴニョと小さな声で言うので、「ちゃんと喋れや、聞こえへんがな」とリツに顔を近づけた。 「あんな、これから言うことは、できれば聞いてもらいたいお願いやねん。あ、でも無理に聞く必要はないで、できればでええねんで。できれば、で……」 「なんや、煮え切らんやっちゃなぁ。ええから、気にせんとなんでも言えや、聞いたるし」  さては駅前にできたタピオカ屋のミルクティーをねだるつもりだな。  けっこういい値段がするので、俺達の少ない小遣いではしょっちゅう飲める代物じゃない。  だがしかし、俺は昨日小遣いをもらったばかりで懐があたたかい。多少値段が高いものでも大丈夫だ。    俺の言葉にリツは意を決したようで、目をまっすぐに見た。 「あんな、うちとな……。うちと、つきおうて!」 ……は、い?  突拍子のない言葉に俺は固まってしまった。  夕日に照らされ、頬を紅色に染めたリツはとても可愛らしく。少しだけ大人びて見えた。  ついさっきまでなんの意識もせずに隣に居れたの に。ただの幼なじみだったのに。気兼ねせず話せる唯一の異性だったのに。  それなのに、たった一言で。ほんの一瞬で、いままでとは全然違う存在になってしまった。  まったく、まったく。これだから女という生き物は……!!
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