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イサック様は、仕事が完璧で、気遣いも出来て。知らないことなんて、無いと思っていた。
「えっと、ですね、デートとは……」
まさか、デートについて説明するはめになるとは。
ぼくよりもイサック様の方が詳しそうだけど……でも、イサック様が街へ行くのは、いつも仕事のみ。考えてみれば、女性関連の噂も聞かない。
言い寄ろうとする人はたくさんいたけれど。
厨房で、料理を作りながら、ぼくの説明に相槌をうつ、イサック様。
「デートは、だいたい分かった。で、どこに行けば相手は喜ぶ?」
「イサック様、誰か誘うのですか!」
ここまで詳しく聞いてくるのだ、もしや、と思ったが、そういう相手がいるのかもしれない。
シャンリ様がお好きだと思ったが、違うのだろうか?
「誰だって良いだろう。お前には関係ない。で、どこか良い場所でも、あるのか」
思ったよりも冷たい反応のイサック様を、残念に思う。
ぼくとしては、仲良くなりたいし、少しでもイサック様に近づきたい。尊敬している方に近づきたいのは、普通の事だろう。
「でも、イサック様。お相手によりますよ、デートは。お相手の好みが重要ですから」
「ふむ……お前、この辺の街出身だったな。街は詳しいのか」
「街、ですか? それなりに詳しいですよ!」
そうか、というと、イサック様は、それきり何かを考えている表情に変わる。
「アンリ、お前は、よく俺に話しかけてくるな」
「え、ええ、まあ。ぼく、イサック様を尊敬していますし!」
「……俺は、シャンリ様以外はどうでもいい。そういう奴だぞ」
何のカミングアウトなのかと、一瞬固まった。気づき始めていた事を、本人に言われてしまった。
やっぱり、イサック様はシャンリ様が好きなのだ。その為に、仕事も頑張ってきたのだろうか。
「ぼくは、イサック様を尊敬しています。いつも、見させて頂いています! ──ですから、なんとなく、分かっていました!」
ぼくがえへへ、と笑うと、イサック様が、小さく眼を見開くと、少し口角が上がった。
あ、笑っておられる! あの、イサック様が、ぼくに!
「…………先程、シャンリ様に求婚したのだ」
「え!!」
思ってもみないカミングアウトだ。そして、何故今? というか、それでデートは、ちょっと順番が違うのでは?
それにしても、イサック様のきゅ、求婚……何て言ったんだろう? な、なんて求婚したのか、非常に気になるが、そこは、飲み込む。せっかく話してくれたのだ! 無粋なことは、聞くまい!
「返事はまだだが、シャンリ様は以前、デートをしたい、と言っていたのを思い出した。返事がどうであれ、デートには、誘おうと思う。で、街には、シャンリ様の好みそうな物があるのか?」
「あ、えっと、すみません、ぼく、シャンリ様の好み、知りません」
「そうだな、海は見せてあげたい。可愛い物も、たぶん好きだろう。それと、食べるのも好きだ」
ず、ずいぶんざっくりしているな……案外、シャンリ様について知らないのかな? それなら、たくさんあるぞ! 逆に絞れないんだよなあ。一つずつ提案していくしかないのかな。
そう思ったぼくは、愚かだったと思う。
ぼくの知っている限り、お店や食堂を提案するが「そういう人混みは駄目だ」とか「シャンリ様を薄汚れた店に行かせる気か」とか「街で人気の男がいる店? お前、シャンリ様がその男に惚れたらどうする。殺されたいのか」
「イサック様の方が、格好良いですよ!」
「なら、そいつがシャンリ様に惚れたらどうする」
いや、それは無い! とは、言えなかった。イサック様の眼が真剣で、本当に殺されそうだったからだ。僕も、その男も。
「ぼく、探してみます!」
そうイサック様に告げた。次の日。
昼間、ぼくが仕事の無い時間に街へ出て、イサック様の為、デートにちょうどいい店を探し歩き、時刻は夜。
イサック様がシャンリ様をお部屋まで案内した後。
厨房に来てくれた。
「イサック様、大丈夫ですか?」
なんと、ついさっき。ぼくが街へ出ている間、サラン様とイサック様が、リン様を取り合い、剣で戦っていた。という話を偶然聞いてしまった。
ぼくはそんなこと、等と思っていたが、サラン様が傷を負ったのを聞いて、心配になったのだ。
リン様は無いにしても、シャンリ様が絡めば、イサック様が出てくるのは、眼に見えている。
「大丈夫だ。俺は無傷だからな」
フライパン片手に、格好良い台詞を吐く、イサック様。嗚呼、ぼくも、そんな風に言いたい! イサック様のように、強くならねば!
クールに何でもこなせるようにならなければ!
「シャンリ様は、大丈夫なんですか? その、この間も、サラン様から、何か言われていましたよね」
「ああ。サランはシャンリ様を舐めている。自分から破談にしたこと、余程気分が良いらしい。殺してやろうかと思ったが……破談にしてくれた恩もある」
それは、恩だろうか?
それにしても、本当に殺しても構わない、と思ったら、イサック様は躊躇なく殺しに来るだろう。
ダークな部分も、イサック様なのだ。冷たく、情けなどは、無い。だからこそ、ここまで来れたのだ。
「でも、安心しました。やっぱりシャンリ様の為だったのですね!」
「他に何がある?」
言ってから、しまった。と思った。イサック様は、シャンリ様に冷たいリン様を、良く思っていない。
「いや、皆は、その、リン様だと言っていたので……」
イサック様の眉間に皺が寄る。
だが、直ぐにフライパンを見て、無表情に戻る。
「リン様は、外面が良いからな」
「そうなんですか? ぼくはあまり話したことが無いので、分かりませんが……」
「お前は、騙されそうだな」
ぼくの顔を見て、イサック様が呟く。
え、リン様って騙したりするの? あんなに綺麗な子なのに。人は見かけによらないなあ。
凄いな、イサック様は。外見に騙されないんだ。シャンリ様は、きっと凄く素晴らしい方なんだ! そうじゃなかったら、イサック様がこんなに尽くすことなどない。
「イサック様は、国王にならないのですか? 今の話だと、リン様は、向いていないのでは?」
あまり大きな声では言えない。小声で問う。
すると、片眉を上げたイサック様は「シャンリ様は、器では無いらしい。俺も、そんな気はない。国など、どうなろうが関係ないからな」と言った。
「でも、国が危なくなったら、シャンリ様も危ないのでは?」
「そうならないように、している。放っておいても、数十年はこのままだろう」
「そうなのですか」
「ああ。危なくなったら教えてやる。貯えはしておけよ」
さらり、と、とんでもない事を言われたと思う。
でも、教えてくれるのは、有り難い。実際、国王ではなく、イサック様が、この国を握っているのを、僕は知っている。
「ありがとうございます」
「礼だ。街まで、行ったんだろう」
「はい! 美味しいって噂のグラタンパンの店を見つけたのです! 少し丘の上にあるのですが、海も見えますよ!」
この店の詳細を伝えると、イサック様は、デートプランに入れてくれたらしい。デート前に予約を取った方が良いとか、このアンティークのお店が良いとか。
ただ、やっぱりどの店でも雰囲気より店員の男が気になるようで「シャンリ様が惚れたら……」と頭を抱えていた。
「それなら、浮気しないよう、約束をしたらどうですか?」
「約束?」
「口頭でも、約束を交わせば守ってくださる! ぼく、シャンリ様のことは詳しくないですが……約束はきちんと守る方だと思っています!」
「……シャンリ様は約束を破らないお方だ。そうだな、合間を見て約束を交わそう。うん、なら、その店でも良いぞ」
満足げにイサック様が頷く。
ぼくは一生懸命、イサック様の為、シャンリ様との結婚を、応援している。デートも上手くいくように。
ぼくに出来ることが、イサック様の為になるのなら!
こっそりではなくなったけど、イサック様の一面を知ることが出来たし、イサック様のように格好良くなるため!
イサック様とこうやって話せるようになったのは、シャンリ様のお陰だろう。いつかお礼が言いたい。
そんなイサック様の満面な笑みを見たのは、次の日の夜。またいつもの厨房で。今日はぼくが先に来ていた。
イサック様も来ると思っていたから。そして、予想は的中し。
「アンリ! 婚約を了承してもらった! 明後日デートすることにした! 手伝ってくれ」
走って知らせに来てくれたイサック様と、ぼくの関係は、たぶん、友達よりも気安くなく、知り合いよりも距離の近い。
それは、たぶん
『師弟』だと、思っている。
イサック様は、ぼくの自慢の師匠様だ。
そしてぼくは、きっとイサック様の最初の、弟子だろう。そうだと良いな。
「おめでとうございます! では、早速、プランを練りましょう!」
一番弟子のぼくも、笑顔で迎えた。
このときのぼくはまだ知らない。デートが一度ではなく、毎日行われることになるとは。
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