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私は国の姫
私は姫だ。物語で女の子であれば、誰でも羨むお姫様。とある国の、国王陛下の、それも長女だ。
誰もが私を見ると、ひれ伏し「今日も美しいですね」と声を揃える。
だが、私は知っている。
そんなものは、ただのご機嫌とりで本心ではない。何故分かるかって? 私が、平均以下の、顔面偏差値だからだ!
美しい? は? どこが? この世界の鏡が歪んでいないのなら私の眼には、一重瞼に歯並びが悪い丸顔が写っている。
うふふっ……皆私が姫だからと、めちゃくちゃ気使ってやがる! そう気づいたのは、今よりも数年前。
そう、外見に問題があるのか、性格(主に趣味)に問題があるのか完全に婚期を逃した私だよ。
今日も朝食をチマチマ食べる。マナーや作法は勉強済みだ。たぶん綺麗に食べれているだろう。
なにしろ国の姫なのだから。優雅にだって食べられる。
相手に断られること、早九年。適齢期が十六歳からである、この世界では二十五歳は笑われる年齢だ。
もう、何も期待していない。別に拗ねた訳でも、諦めた訳でもない。
前世の時から、色恋や結婚にはちょっとも期待していない。それこそ、針の先程も。
何より、前世とほとんど変わらない容姿に気づいたとき悟った。
前世の私は、確かに存在していた。日本に住んでいて、中学生くらい時までの記憶ならある。
この容姿と重度のオタクで、気の弱い性格もあってかいじめられていた。
この記憶を思い出した時こそが、周りの気使いを知ったときだ。学生時代の記憶さえ思い出さなければ……私は容姿には気づかずにいられたのに!
……ここまで言えば、わかるだろう。
そう、私は重度のオタクだ。今も!
あ、そうだった。昨日も徹夜で漫画を描いていたんだわ。
すっかり忘れて朝食を優雅に食べていたが、それどころではない。
がたっと音を立てて立ち上がる。食事を供にしていたお母様やお父様、妹が一斉に私に目を向ける。
「あら、もう食べないの? シャンリ」
「うん。私、やることがあるので」
お母様が声を掛けてくれたが、私は口角をあげて部屋へ戻る。歯並びの悪さから、口を開けて笑うのには抵抗があった。
しかも食事中だしね。
この世界には、漫画やアニメがある。
凄く貴重で、前世程では無いものの、それなりに綺麗で面白いストーリーだ。
私は結婚なんかより、漫画やアニメがあるだけで、生きる意味になっている。周りに陰口を言われようとも。
「光の騎士」というアニメの主人公、ラン様が毎週拝めるときこそが、私が最も至福と呼べる時間。
「お姉様、ご飯食べないと身体に触るわ」
今年十六歳になる三女のリンが、大きく潤んだ瞳で私を心配そうに見つめてきた。
可愛い可愛い妹。次女は三年前に嫁いだ為、今は両親と妹のリンと四人で、この広い城に従者や侍女達と住んでいる。
「大丈夫よ。私、体力には自信があるの」
「確かに、お姉様は強そう」
ウフフ、と可愛らしく笑顔を見せるが、リンは私を見下している節がある。今の笑顔も、何となく馬鹿にされている。
リンは可愛らしい。
既にいくつか縁談も来ていて、従者の中にもリンに想いを抱いている人がいるくらいだ。私なんか見下されて当然だが、年齢的にも少しはプライドがあるわけで……。
腑に落ちないが、言い返したりはしない。私は大人なのだから。
部屋へ戻ろうと一歩、踏み出したとき。
「お部屋までご案内致します」
先日、リンが婿を取るかもしれないから、と、私の部屋の場所も少し変わった。
というのも、国王──お父様には三人しか子供はおらず、私を含め、見事に姉妹。血族を途絶えるわけにはいかず、止む終えずお婿様を迎えることとなった。
まあ、私は失敗したわけだけれど。
それからというもの、従者の一人であるイサックが毎回、部屋から食堂へ、食堂から部屋へ案内してくれる。
「あ、えっと、大丈夫よ、イサック。もう部屋の場所は覚えたもの」
……たぶん。
「ですが、万が一、という事もあります。どうか、私に案内させて下さい」
イサックの眼に、私は弱かった。いつもは鋭い癖に、こんな懇願されるように言われてしまえば、断る術を私は知らない。
「じゃ、じゃあ、よろしく」
「お任せ下さい」
たじたじと告げると、背筋を伸ばしたイサックは、歩き始めた。歩調も合わせてくれる優しさ。
イサックは、私がリンくらいの歳の時に、やってきた。
金髪が綺麗で、背が高くて、失敗している所を見たことがないくらい完璧な、好青年。
私なんかとは大違い。顔も綺麗だし、どこか良い匂いもする。とても同い年とは思えない。
ここだけの話、リンはイサックが好きなんだと思う。前にお父様にイサックを自分専用の従者にしてくれるよう、頼んでいたのを目撃したことがある。
リンに甘いお父様は、イサックに言っただろう「リンの従者になって欲しい」と。
それから何ヵ月経過しても、イサックはこの調子で。ちっともリン専用とは思えない。
そりゃリンの世話も焼くが、イサックは基本的に自由だ。何故なのかしら。
イサックは従者だけが仕事ではないし、なんなら騎士団長も兼任している訳で……決して暇なはずはない。
……私も、イサックを意識したときはあった。格好良いし、騎士としての腕も兼ね備えているイサックは、剣を磨いているときなんて、もう、ラン様そのもので! リアルにラン様がいた! と興奮してしまった。
そう思った所で、どうにかなるわけでは無いし、剣の練習を眺める程度だ。
あくまで、あくまで、だ。あくまで、ラン様を重ねているだけ。
決して間違ってはいけない。リアルとアニメの区別はついているが、なにせ、似すぎているので、もう!
「シャンリ様。本日は、ずっとお部屋に?」
突然振り向き、歩きながら問いかけられ、ラン様とイサックを考えていた私は、少し動揺する。
「は、え、ええ、そうよ。やることがあるの」
「昨夜も、お部屋が明るいままでした」
「ええ、そうね」
「……」
え、何? もしかして怒ってる? 直ぐに前を向いてしまったので、表情が見えないまま、押し黙ったイサック。
あ、電気代の無駄だから怒っているんだ! 嫁にも行き遅れているくせに、一丁前に電気代だけは使いやがって、と。
「そ、その、今日は早めに、寝るわ」
「ええ、そうして貰えると助かります」
やっぱり怒っていた! 電気代は結構掛かるよね。
分かってるよ、前世の癖でさ! こっちの電気が前世の倍の倍くらいなのは知っていたけれども!
部屋の前に着いたイサックは、くるり、と私に振り返った。
見つめてみても、怒っている様子は微塵も無い。かといって、笑っている訳でもない。
イサックは、ラン様と唯一違いがある。それは、表情筋が乏しいところだ。
基本、愛想笑いなどしない。無表情。あのクールと名高いラン様ですら、少しは笑うのだ。微笑。それが、イサックには、無い。
眼は口ほどに物を言う、というが、あれは本当だ。不満や喜びを眉ひとつ動かさないが、眼では語る。
だから、だからなのだ。
イサックと話すときは、眼を見なきゃいけない。眼を合わせるのが苦手な私でも。
「その、ありがとう、イサック」
「くれぐれも、徹夜などはしないよう、よろしくお願い致します」
あ、バレてた。徹夜したってバレてた。
二重で切れ長な眼が不満を語っている。電気代か、ちくしょー、働いてないから返す言葉もない。
「は、はーい」
こうして私は、今日も部屋の虫となった。
私の部屋には、誰も入れない。頼み込まれても、入れない。
何故なら、漫画が散らばり、キーホルダーやなにやらが錯乱。ちなみに、その全てがラン様だ。
前世の知識を活かし、抱き枕なども作った。えへへ。痛すぎる部屋になっている訳で……とても、人など入れられない、私にとっての精神と時の部屋だ。
直ぐに扉の鍵を閉め、自作漫画を描く作業をした。
ここでまさかのカミングアウトになるかどうかは不明だが、実は腐女子だ。ラン様と敵キャラであるアシュレイが、最近は熱い。
ああー、最高よ! 部屋でこんなこと毎日出来るなら、結婚しなくても、周りに笑われても良い! ただ、親には申し訳ないな、と思うけど、リンがいるし。
それに、私は国王妃、なんて器じゃないもの。
そんなこんなで熱中していると、不意に鳴り響く扉を軽く叩くノック音。
「……はい、何か?」
「昼食のお時間です。お迎えに上がりました」
良く通る低い声。心地良い感じして、相手が直ぐに誰か分かる。イサックか。全く、声までラン様に似てるんだから!
でも、今良いところなんだよな。
「ごめん、今、一番、良いところだから」
「……朝食も残されたのに、昼食まで抜くつもりですか?」
「いや、でもね、今はさ──」
「昨夜は徹夜までされて……差し出がましいのは重々、承知しておりますが……一体、何をしてらっしゃるのですか?」
う、これ以上聞かれたら、話さなきゃいけなくなる予感。
たぶん、顔見えないけどイサック怒ってる! イサックに部屋見られたら恥ずかしさで死ねるから、今回は折れるか。
イサックは怒ると怖い。表情は変わらないのに、突然奇襲を仕掛ける事がある。そう、強行手段に出やすくなる。
扉ぶち破られても困るしな。
「分かった、わかりました! ちょっと待って。先にリンとか呼んできて良いから」
「……畏まりました。では、五分後、再びお伺いします」
「え、五分!?」
私の声が届いたかどうか不明だが、とりあえず、届いていたのなら無視してイサックの足音が、遠ざかって行く。
イサックは厳しいなあ。五分なんて。もしかして私はイサックの中で、言うこと聞かない人間ブラックリスト、とかに入っているのでは?
そして本当に五分後、イサックはやってきた。
「作業は終わりましたか、シャンリ様」
いや、何涼しい顔してるの! イサックが無理矢理止めさせたも同然でしょうが!
「はい、終わりました」
「では、今日は午後からゆっくりお休み下さい……行きましょうか」
イサックはどこか嬉しそうな眼をしている。楽しいか、無理矢理止めさせて楽しいか。
いつもより柔らかい眼が、大人びている彼をより魅力的に感じさせる。
再び歩調を合わせながら、前を歩くイサックの背中を見つめながら、私は凝った肩を鳴らした。
こんな日が、いつまでも続くと、私は本気で思っていたのだ。
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