一難去ってまた一難

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 三日後に答えを出すと、事故ながら言葉にしてしまってから、二日目。  とうとう、明日だ。明日の、夕食前……だったかしら?  そう、前回、アニオタ、腐女子を告白すると、そう決めたが、問題が浮上した。  タイミングが、わからない。不明である。  話もろくに出来ないのに、話の流れを作り、そしてカミングアウト、なんて、リスクが高すぎる。  さあ、どうするべきか。  朝食の送り迎えに、タイミングを見計らったが、分からないし、掴めない。  ただ闇雲に、イサックを眺めているだけでは、駄目なのね。イサックも、こちらを二度見していたわ。  さぞ不審者かのように思ったのね。  考えに考えていると、一日三食は早いね。特に午前中は。早いのよ。あっという間だわ。 「…………」 「……どうか、したのですか? その、今朝から、様子が気になりまして」  昼食に向かう途中、とうとう、聞かれてしまった。やはり挙動不審過ぎたか。  だが、ここで言うタイミングが出来たわ! チャンスを逃すものか! と意気込むが、どうも、コミュ力に問題があるため、しどろもどろになってしまう。 「あー、えっと…………そう! イサックに聞いてほしい事があって!」 「そういうことですか。はい、何でしょう?」 「あ、今じゃないって言うか、その、時間とか、かかるかもしれない、かな?」  こ、これでいいかしら。  これ、意外と上手くいったんじゃない? 「そうですか。では、夕食後など、いかがでしょう?」 「そ、そうね、それでいいわ」 「畏まりました」  声が、どこか嬉しそうだ。あれ、求婚の答えとか、思ったりしてないよね? 違うよ?  カミングアウトするだけだからね? なんだか、今更、緊張してきた。  このまま昼食かな、なんて考えていたら。 「何故だい! リン! 僕の、何が気にくわないんだ! 君が欲しいと言っていたダイヤだって、たくさん送ったのに!!」  突如として耳に入った、怒る男の声。たぶん、サランだろう。  位置的に、ロビーの方だろうか。  相当怒っている声だし、リンは無事かしら? そんなことを、思っていると、背後から清々しいくらいの、舌打ち。  あれー? イサックさんも、怒ってます? イサックってサランが嫌いだよね、凄く。何故かしら。  それよりも、リン……と不安で食堂に向かえず、おろおろしていると、それを察したのか。 「俺が、止めてきます」 「え、ちょっと待って! 私も行く!」  そういえば、イサックはいつから、一人称が変わったのだろうか? まあ、イサックらしくて良いけれど。 「では、俺の側を離れないで下さいね。こちらです」  そんなに危なくないと思うけど……そう思いながらも、イサックについていった。 「リン!!!」  思わず叫んだ、私。だって、だって、リンが!  目の前の光景に、自分の眼を疑った。  サランが剣を抜き、構えている。そして、刃の先を、あろうことか、リンに向けている。  サランの眼は血迷い、完全に正気では無い。流石のリンも、顔を青ざめさせながら、腰を抜かし、床に尻をつけていた。  周りを取り囲む従者やメイドたちも、相手が公爵のサランで、リンに剣先を向けていることから、何も出来ずにいた。 「おい、どうするだ」「でも……国王殿下は? まだなの?」「怖いわ……嗚呼、リン様!」などと聞こえる。  お父様に知らせはいったのかしら。  そして、そんなリンが私に気づいた。 「お、お姉様!」 「リン! 一体、何が! サラン、止めて!」  思わず駆け寄ろうとすると、イサックに片手で制止された。 「危険です、シャンリ様。ここは、俺が」  イサックはそう言うと、どこから取り出したのか、右手には剣を持っていた。  ゆらり、と構え、私の前に立つ。  私達の声が聞こえていないのか、サランは、何かをブツブツとリンに呟いている。 「おい、リン様に、何をしている。フラれたのだろう? さっさと帰ったらどうだ」  イサックは、わざと挑発しているのか、嫌いだからなのか、分からない。が、効き目はあるらしく、サランが、やっと反応した。  チラリ、と横目でこちらを見る。  だが、剣先は、今だリンに向いている。  なんとか、こちらに意識を向けないと! リンが危ないわ。  イサックも、そう考えたのか、「ふっ」と笑った。  イサックの笑いにつられて、サランの顔が、少しだけ、こちらを向く。 「何だ、従者。何がおかしい!」  唾を飛ばしながら、サランが叫んだ。  イサックはどうするつもりなのだろうか? そう思った瞬間だった。 「ふっ、おかしいだろう? その姿、実に」  イサックは、そこで一旦、言葉を切る。  そして、「憐れで、惨めな、男の姿だ」と、繋げた。  サランが一瞬、眼を見開き、みるみる顔が赤くなり、鼻息を荒くした。  プライドが高いというのは、本当らしい。 「従者、従者の分際で! 奴隷の癖に!! 負け組の、癖に!」  あまりの怒りに、ターゲットがリンよりも、イサックに移ったらしいサランは、身体ごと、こちらを向く。  そして、距離はあるが、サランは、矛先をイサックに構えた。  それに答えるように、イサックが数歩、前に出る。  そして、注意を逸らす為か、横に移動し、少しずつ私から離れていく。口も動かしながら。 「負け組なのは、貴方でしょう。知っていますか? 街で人気のサラン様ですが、一部では、こう呼ばれているんですよ、小さな公爵。と。貴方の背丈は小さくないのに。意味が分かりますか?」 「知らないねえ、そんなの、愚民の戯れ言だろう! それこそ、君の様な、奴隷の戯れ言に過ぎない!」 「それでは、教えて差し上げましょう。小さい、とは、貴方の外見ではなく、中身。その、プライドの高さと、器の小ささ。知っているものは、存じておるのですよ、サラン様は、我儘で自己中な、まるで小さい子供の様だ、と」 「何だと? 僕は、王位に相応しいのだ! 愚かな愚民共め! 僕が国王の座についたら、お前も、愚民も! 全部、消してやる! ああ、そうだ! ゴミの癖に!」  サランが、横目も振らず、イサックが斬りかかった。  剣が激しく触れ合い、金属音が響く。  その隙に、私は腰を抜かしている様子の、リンに駆け寄った。 「リン! 大丈夫? 怪我は?」 「へ、平気よ、お姉様! 私、私は、ただ!」  リンの身体は震えていて、唇も青い。  それはそうだ。切り殺される寸前だったのだ。  私は、少し躊躇いもあったが、リンを抱き締める事にした。拒絶される覚悟で。  だが、予想に反し、リンは大人しかった。  それどころか、私の背に腕を回してきた。相当怖かったのだろう。涙も流れている。  大丈夫? と声をかけながら、ゆっくりと立たせる。金属音が響いているので、サランはまだイサックに、怒っているのだろう。イサックは……サランより強いもの。大丈夫よね。ね?  また、いつリンを思い出すか、分からなかったので、出来るだけ遠くに離れたい。 「何事か!」  いつの間にか、お父様が目の前にいて、眼を見開いた。  え、どこから来たの?  金属音が止んだのにも気づき、振り返れば、サランは腕や頬を出血していて、剣も弾かれたのか見当たらない。他の従者達に拘束さていた。  サランはそこそこ乱れているし、傷も痛々しい。  そうよ! い、イサックは? 大丈夫かしら! と目線で探せば、いつもと変わらない、涼しい顔をして、服の汚れを叩いていた。  無事、ね。完全に。良かった。 「状況を聞く。イサック、来なさい。他の者たちは業務を──サランは地下牢に放り込んでおけ」 「はっ」  それぞれがきびきびと動き始め、私はリンの背を擦る。 「シャンリ……リンを頼むぞ」 「はい、お父様」  お父様は、怒っている。全身からそう伝わる。  昼食どころでは、無くなってしまった。  お父様は、そのまま昼食に来なかったし、お母様は、気絶しそうなくらい、悲鳴を上げた。  リンは、食欲無くし、ベッドへ。医者を呼んでお母様と二人、安静にしている。  私は……まあ、食べたよね。特に何もしてないけど、お腹すいていたよね。食い意地の張った女よね。  昼食後も、イサックは忙しいのか、迎えに来てくれなかった。部屋まで地図あるし、平気だけれど。  城中、大問題。皆、慌ただしく行き交う。いつもより城内に人がいて、いつもより騒がしい。  私の部屋は、相変わらず静かで、城内の忙しさも感じない。それにしても、怖いこともあるのね。サランは、本気だった。  イサックがいなかったら、リンは殺されていたかもしれないわ。  ……この分じゃ、夕食後のカミングアウトも、難しそうね。  でも、準備だけは、しておこうかしら。  部屋を、何もない部屋を、再びラン様で埋める。  考えた結果、百聞は一見にしかず。って、ことで部屋を見てもらう事にした。  ラン様っていうのが、また、誤解を生みそうで嫌だけど、イサックに似ているし。でも、私が好きなのは、ラン様だから。って思ったのです。あと漫画も……。  やっぱり、どう見てもイサックにしか見えない!!  何故? 何故なの? 前までは、イサックがラン様だったじゃない! 今ではすっかりラン様がイサックだ。  恥ずかしい! いやー! 等と顔手で覆い、一人、自室でバタバタしていた。  馬鹿だ。自分で分かっている。私は、正真正銘、馬鹿だ。 「ふうー、落ち着きましょう」  深呼吸を繰り返す。あれ、そういえば、ラン様出すのに結構掛かった気がする。何時かしら?  なかなか、時計が見つからない。ラン様時計──あ、あった!  そして、やっと手にした時には……。 「え、七時十分!? やばい!」  私は、走った。甘えていたからだ、イサックに。  食事の時間は、七時から。完全に遅刻だ。どう考えても、どんなに走っても、遅刻だ。  ああ、どうしましょう! せっかくの家族の時間なのに! でも、今日は皆、まだ揃わないかしら。  急ぎながら、大きな柱のある、角を曲がったときだった。  どん、と大きな衝撃を受けて、後ろによろける。衝撃と共に「きゃっ」と、声がした。  人とぶつかった? しかも、相手を飛ばしてしまった。私に飛ばされるなんて、弱々しい。か弱いんだわ。いや、私が逞しいのね。ご、ごめんなさい!  小柄なメイドかしら? 恐る恐る相手を見ると。 「え、リ、リン! あ、なた、え、何をしているの? あ、大丈夫?」 「痛いわ、お姉様」と、リンが尻や額を、手で押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。怪我はないみたい。 「何って、迎えに来たのよ。遅刻よ、分かってらっしゃる? イサックがいないからって、甘えすぎよ! お姉様は、腕時計をつけるべきだわ!」 「迎えに来てくれたの? リンが?」 「そうよ! わたしは、生まれてから住んでいる城で、迷子、なんてことには、絶対にならないもの!」 「あ、ありがとう!」  誇らしげに胸を張るリン。なんだか無性に嬉しくなった。リンが、こんなに近くにいるなんて。  やっぱり、姉妹なのかしら。仲良くなれるのかしら。  食堂につくと、お父様もお母様も、嬉しそうに、私たちを迎えてくれた。 「お待たせいたしました」  私が頭を下げると、リンが冗談まじりに文句を言い、お母様が笑っていた。  こんなに落ち着く食事は、初めて。  こんなに楽しい食事も、初めて。  リンは、新な相手を見つけてみせる! と、意気込んでいた。国王に相応しい相手だといいな、そして、優しい人だと良いな。 「だから、お姉様! わたし、心を入れ換えて、お姉様を、心から祝福しますわ! ……で、結婚はいつなの?」 「いや、まだだから」 「イサック相手に、何を迷っているの? お姉様って、機会があっても、婚期を逃すタイプなのね」  それは、私も分かっている。チャンスに全身で飛び込めない、残念な性格だ。グサッとくる。 「きょ、今日、答えが、たぶん、出るはず」 「あら、真剣に考えては、いるのね」 「そ、そりゃ、最初で最後かも、しれないもの」  こんな機会、なかなか無い。  いや、この先、たぶん、もう無いと思う。オタク、腐女子として、自室に閉じこもり続けるのか、イサックと結婚、するか。  私としては、ほぼ、イサックに掛かっている。といっても言い。  私の部屋を見て、イサックが受け入れてくれたら、その時は。その時は、結婚に前向きになれるはず、と。
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