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デート
結局、これに落ち着いたわね。
リンが街へ行く服を、捻りに捻って思い出したが、たぶん、こんな感じだった。
リンは真っ赤な服だった気がするが、私にそんな勇気は無い。なので、紺色とか、落ち着いた感じのワンピースドレスを。
姿鏡など、何年ぶりかしら。
自分がいる。ワンピースドレスを着ている、自分が。
ま、まあ、こんな感じよね、たぶん。イサックに聞くにしても、どれでもお似合いです! とか言いそうな気しかしない。私の外見もわかってないみたいだし……私が言うのもあれだけど、少しズレているもの。
くるり、と回っている。が、大丈夫な、気がしてきた。よくいる。よくいるよ、こういう人。
それに、私を注目する人なんて、いるわけないし。私の存在など、この国から消えたに等しい。
本当は顔も覆いたいが……大きめの麦わら帽子で隠すことにする。うん、いるよ、こういう人。
外は気温も高いし、良いわ。
朝もイサックは姿を現さないが、忙しいのにデートなどしている時間あるのかしら?
お陰で、私は時計を見ることが、習慣になりつつある。
「あら、お姉様、その服、どうしたのかしら? いつものお部屋スタイルは、どこへ?」
「その、今日は、出掛けるの……ま、街へ」
き、緊張してきた。街に行く、ただそれだけなのに。
私の言葉に、リンやお母様、お父様までもが、眼を見開く。
「お姉様、街へ行くの? あの、お姉様が? ど、どういう、風の吹き回しかしら!」
「本当に、どうして、こうなったのかしらね。雨でも、降らないかしら」
遠くを見つめる。
せめて、せめて傘があれば、少しでも顔や服が隠れるのに……街が怖い。人が怖い。泣きたい。
「デートなのね! それなら、もっと自信持った方が良いわ。それに、イサックの隣を歩くのに、ジメジメしていたらみっともないもの」
「そ、そうよね」
気を付けないと。そして、リンはどこか楽しそうで、私も勇気が出てくる。
朝食終わり。少しドキドキしながら、部屋でイサックを待っている。
楽しみ、楽しみだけど、人が。
そんな期待と不安を胸に、街へ繰り出すことになった。
「あら? あのお方、誰かしら?」
「イサック様と一緒にいるわ」
「馬鹿、あれは、シャンリ様だろう!」
「シャンリ様? あれが?」
「始めて見たぞ! おい、見てみろ!」
うっ、視線が痛い。苦しい。
街に出た瞬間、この感じ。意外と顔の広いイサックを見るなり、噂になる街の人たち。
「ついてきてください」なんて言われて、ただ歩いているだけだ。
どこへ行く気なのだろうか?
「あの、シャンリ様。デートというのは、男がリードすると、聞きました。なので、場所は俺に任せてください」
「そ、そうなの?」
「はい、俺、デートなどしたことありませんが、色々調べたので、安心して下さい!」
胸を張っているが、本当に大丈夫だろうか? でも、したことないとは! 驚いた。イサックは絶対に、リア充だと、思っていた。
そんなことを考えていると、視線を感じ、イサックを見る。
じっ、とこちらを、見ている。どうして見られているのか、分からない。視線を外す気はないらしく、落ち着かない。
ただでさえ、街の人に奇妙な眼を向けられているのだ。イサックにまで見られると、全員が敵に見えてしまう。
「な、何かしら? どこか、おかしい?」
「いえ、雰囲気が、いつもと違って見えます。どんな服でも、とてもお似合いです」
「う、あ、ありがとう」
面と向かって、それも笑顔で言われてしまった。
裏が無いのが分かるから、余計に照れる。恥ずかしい! それも、こんな街中で!
街を意識したからか、声がひそひそと聞こえる。
「おい、シャンリ様の左手を見ろ」
「あら! 遂に結婚するのかしら?」
「婚約されたらしいわよ! イサック様と!」
「え! イサック様? 良いわねー、イサック様みたいな素敵な方を、側に置けるのねえ」
「王族って良いよなー、好き放題に出来るんだから」
「たとえシャンリ様みたいに、破談を何度も告げられたって、従者がいるもんな」
うっ、聞こえているぞ、皆! 私の耳まで届いているわ! やめて……心に刺さる。辛い、痛い、帰りたい。
そうか、そうだよね、私が無理矢理イサックに婚約を誓わせたと、思われるよね。そうだよね、私だもんね。どうして予想しなかったのかしら。
権力はある、私だもんね。苦しい。
帰りたいな、街なんて、来なきゃ良かった。部屋に籠っていれば、こんな思いしなくて済んだのに。
一緒に歩いていて、イサックは大丈夫なのだろうか?
私のせいで、イサックまで変な眼で見られてしまう。そう思ってイサックを横目で見る。
街のヒソヒソ話が耳に入っていないのか、そんなこと気にしないのか、真っ直ぐ前だけ見て、堂々と歩いている。
頼もしいっちゃ、頼もしいわね。
「おい、イサック様もお揃いの指輪をつけてるぞ」
「そういえば私、イサック様が宝石店で悩んでいる姿を、眼にしたことがあるわ!」
「あの指輪、特注らしいぞ!」
「ええっ! じゃあ、二人は愛し合っているのかしら?」
あ、あれ、何だかおかしな方向に……?
というか、この指輪特注なの? それに、イサックも指輪を? こっそりと見れば、イサックの左手にも、私と同じ指輪が輝いている。
全く気づかなかった! は、恥ずかしい! これじゃあ、結婚前の思い出に、街を見に来ました感、丸出し! 馬鹿じゃない! ただのバカップルじゃない!
「そう言われれば、今日のイサック様は、機嫌が良いな」
「いつも仕事でしか街へ来ないものね。よっぽど好きなんだわ!」
「見て、イサック様の服! いつもより気合い入れているわ」
「仲が良いなあ」
「素敵ぃ! 憧れるわ!」
あ、あれ、本当に、どうなっているの?
そしてイサックは、いつもより服変えていたのかしら、全く気づかない私。いつも会っているのに。そういう気づき? 足りないわよね、私。
駄目駄目ね、私。イサックは本当に良いのかしら? こんな、私で。
イサックも「いつもと違うとか」「私にぞっこん」とか? あること無いこと言われているけど……。
「イサック、その、大丈夫かしら? 私は、あの、気にしていないけれど」
嘘だ。だが、そういう風に言わないと、イサックだって気にする。
街の人たちの話しとはいえ、言いたい放題だと。しかも、聞こえるのよね……そこが駄目。耳に入るくらいの声量で話しちゃ駄目よ。気にするし気になるわ。
「? はい。もうすぐ着きます」
「あ、いや、そうじゃなくて──」
「楽しみにしていて下さい!」
胸を張る。イサックって、あれよね、たまに話聞かないわね。話も噛み合ってないみたい。
こういうところ、あるわ。何を聞いて歩いているのかしら。いや、聞いていないのね。
「ここです! さあ、どうぞどうぞ!」
目的地に着いたらしいイサックが、眼を輝かせて私に、入れ入れと言わんばかりに、扉を開けた。
鈴が頭上でチリン、と軽快な音を出す。
「わぁ!」
喜びで、思わず声に出してしまった。
小さいお店ながら、室内はとても上品で、アンティーク調の、家具から小さくて可愛い雑貨まで。
なんて可愛いお店なの? 素敵!
「シャンリ様は、こういった店がお好きでしょう? これから別邸で生活する訳ですから、家具なども、購入した方が良いかと。あ……これは、もしかして、デートと違いますか?」
ドヤ顔をしていたのに、一転。不安そうな表情で、こちらを伺っている。
「さあ? 私もデートなんてしたこと無いから、分からないわ。でも、ここは素敵ね! 気に入ったわ!」
街にこんな店があったなんて! この世界には、宅配やネット通販なんて無いもの。部屋に引きこもっている私には、買い物なんて従者任せ。
カタログがあるくらいで、こうやって見たことなどなかった。
「ほ、本当ですか! 良かった。さあ、何を見ます? シャンリ様は、どんな食器等が良いですか?」
「そうねー、あ、これ、可愛いわ!」
いつの間にか、楽しく買い物をしていた。
猫の可愛いマグカップや、お洒落な食器。時計や小物入れ。たくさん可愛い物があって、迷いに迷っていた。
最後はイサックが決めていたが、大丈夫だろうか。そして、お金も「俺が出します!」とか意気込んでいるけれど、本当に大丈夫だろうか?
まあ、私は働いて無いから、何も言えないのだけれど。
そうじゃん、私、実質ニートじゃん! 情けない。
私達のデートは、まだ続いた。
なんでも、凄く美味しいと噂の、グラタンパンとフルーツケーキのお店があるらしい。
何それ凄く美味しそう! 両方大好き! さすがイサック! と喜んでいた。もちろん、内心で。
わくわく気分で歩いていたのだが。
「随分、歩くのね?」
「申し訳ありません。 もうすぐ、ですから。その、少し丘にありまして……」
前で私の手を引きながら、歩くイサック。二人で歩くのがやっと、くらいの細い坂道。
日々の運動不足が、原因ね。明日は筋肉痛かしら。そんな私と真逆な、涼しい顔をしているイサック。
「丘にあるのね。見晴らしは良いのかしら?」
「はい、最高だと、噂です。海が見えるのですよ! 海、シャンリ様は、見たことありませんよね?」
「え、ああ、ええ、無いわね」
前世では、あるんだよなー。ど、どうしましょ。初めて海を見るリアクション、とれるかしら?
イサックは凄く楽しみにしているみたいだし、期待には答えてあげたいけれど。
うーん、うーん、と悩んでいた。
「……あの、もし宜しければ、俺が抱えて歩きましょうか?」
「ぶっ、え、いえ、結構よ。大丈夫! 少し、そう、考え事をしていたの」
抱えるって、何! 恥ずかし過ぎる上に、今後初デートを思い出す度に「あの時のシャンリ様は、体力なくて、俺が抱えて、小さな丘まで、行きましたよね!」と、笑い話になってしまう。
「そう、ですか」
少し残念そうな眼をしているイサックに、気づかないふりをして、歩く。
すると、頂上が見えてきた。
う、海が来るのね? 反応、出来るかしら。まあ、でも、久し振りの海だから、それなりの反応は出ると思うけど。
「やっと、頂上ね。海? 海が見えるかしら?」
「まだですよ、慌てないで下さい。ふふ、もう少し進んだら、見えてきますよ!」
丘の奥の方に、黄色い煉瓦の小さな家が立っている。まさか、あれがグラタンパンとフルーツケーキのお店、だろうか?
丘からは、街が一望、とまではいかないが、それなりに見晴らしがいい。城も見える。
「あ、見て、イサック! あそこ、私の部屋じゃない?」
「いえ、シャンリ様のお部屋は、もう少し右にありますので……あの、一部屋だけ、カーテンが閉まっている所でしょう」
「……そうね、正解だわ」
何故、カーテンが閉まっていない部屋を、自室と言った! 私の部屋は、ラン様が溢れているだろうが。
そうか、こんな距離でも目立つのか、我自室よ。
我ながら恥ずかしい。
グラタンパンとフルーツケーキのお店「ガトー」に入った私達。
イサックは予約をしていたのか、二階の個室を案内された。
「ほら、見てください、海ですよ! ここから、見えるのです」
促されて、窓まで近寄ると、遠くの方に、海が見えた。水平線の様に、キラキラと輝き、海面がうねっている。
「あ、海よ! 見て、久しぶ──じゃなくて、あれが、海なのね! 初めて見たわ、凄く、青くて、広いのねー、驚いたわ」
「そう、海は青くて広いのです。シャンリ様、気に入りましたか?」
「ええ、海、好きだわ。今度行ってみたいわ!」
これは本心。海は好きだし、久しぶりなものだから、もう、てんしょんが上がる。
あんなに広かったかしら。
「良かった! 別邸からは、もっと近くに見えるのです。海は波の音が心地良いですよ」
椅子を引き、私を促しながら、イサックが話す。
「たくさんの生き物もいるのです。シャンリ様はご存じないかと、思いますが、その生き物で、食事が出来ているのです」
いつの間にかテーブルには、熱々のグラタンパンと紅茶が用意されていた。
そうね、このグラタンパンの中に海老が、入っているらしいから、確かに海の物よね。知っていたわ。前世の私はな!
今世の私は、知らない。ただのお嬢様だからね! 出された料理を食べていた私に、この食べ物は何だったの? なんてシェフに聞くことなどなかった。
これも、知らないふりするのか。出来るかしら?
「これが、海の生き物、から? なっているのかしら」
イサックの引いてくれた椅子に、座りながら、グラタンパンを指す。
知らない振りって大変なのね。
でもイサックは嬉しそうに笑うものだから、知らないフリも良いものね。
「この中に入っている海老、ホタテが、海の生き物なんです」
「そうなの! ……ところで、一つ聞いてもいいかしら?」
私は、ある違和感に気づいた。イサックを怪訝な眼で見つめる。
「はい、何でしょう?」
「あのね、このグラタンパンなのだけど、どうしてたった一つだけ、なのかしら? もう無いの?」
「それは、シャンリ様のですから、お気にならさらず、召し上がって下さい」
「いえ、そうではなくて。イサック、貴方は、何を食べるのかしら?」
なかなか座わろうとしない、イサックに、頬を引きつらせる。まさか、この従者。
「俺は食べませんが、何か不都合でも?」
「不都合しかないわね、それは! すみません、誰かいらっしゃる?」
「え、あの、シャンリ様、何を? 俺は、その辺にいますから、ちょっと!」
イサックの制止を聞かず、店員にもう一つ同じものを、持ってくるように告げ、席に戻る。
イサックは珍しく、どうしたらいいのか分からずに、視線を泳がせていた。
「イサック、座って」
私の言葉に、大人しく従うが。
ため息をつく。そこは床だろう。誰が床に正座しろと言ったの? どうしたの、この従者は。
いつもスマートになんでもやるくせに、本気でわかっていないのね。
「イサック、私の向かいにある、椅子に座れ、と、言っているのよ」
「え、いや、しかし、俺は従者ですから」
「いいの! 座って、お願い」
少し力を入れて告げれば、再び視線を泳がせ、大人しく席に腰を落とした。
何か失敗をした事は、理解しているらしい。
「あの、シャンリ様、俺は何か、してしまったのでしょうか?」
「そうね…………あのね、イサック。私、デートとか、良く分からないし、恋愛経験とか皆無だから、知らない事の方が多いのだけれど、でも、これだけは知っているわ」
「な、何でしょう?」
「デート、というのは、決して主従の関係では無いわ。対等なの。私は、ただのシャンリ。姫では無いわ。貴方も、従者ではなく、ただのイサックなのよ」
「シャンリ様は、姫ではない?」
「そうよ。いつか言おうと思っていたけれど、私と結婚するのだから『様』なんて、つけるべきでは、ないの。食事だって、一緒にとるべきよ」
「そ、そんな、滅相もありません」
「ほら、敬語も取るべきよ。最初は難しいかもしれないけれど、慣れるべきよ」
「……そうで、しょうか? 俺は、今のままでも、気にしませんが」
「私が気にするのよ! 敬語や『様』は、別にゆっくりで良いけど。食事は一緒よ。毎回一人で食事なんて、寂しいわ」
お父様やお母様、リンと食事をしてきた私には、今さら一人なんて無理な事だった。
「分かりました。食事は、二人のときは、今後、一緒に取らせてもらいます」
「ええ、ありがとう」
紅茶を、口につけた。
イサックとの食事は、なんだかんだ始めてて、変な気分だった。新しい発見はあるもので、イサックは食べるのが苦手らしい。
「あまり見ないでください」と顔を赤らめていたが、必死に食べている姿は可愛かった。
手先が器用だと思っていたが、案外そうでもないらしい。
デザートのフルーツケーキも、不器用に食べていた。口の端にクリームを付けながら。
「デートって楽しいのね」
思わず声に出た。今日は楽しかった。いい思い出になった。
そういう意味だったのだが、途端にイサックが眼を輝かせた。
「明日もデートしましょう!」
「明日も? イサック、仕事は平気なの?」
「大丈夫です! 実は、他にも候補がありまして、一日では足りないな、と思っていました」
お金とか大丈夫かしら? どれくらい使っているのか分からないけど。
それに、仕事しなくても良いって、本当かしら?
でも、イサックが良いと言うなら、大丈夫なのだろう。え、本当に? イサックの仕事とか、何もわからないけれど。
「そ、そうなの。でも、無理はしないでね。それに、クリームついているわよ」
そっとクリームを取ってあげると、少し俯きながら、お礼を言ってきた。
仕事以外のイサックも、良いかもしれない。そう思ったのは、私も彼が好きだからだろう。
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