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別視点。あとがきてきなやつ~国王視点~
金髪が風に揺れている。中性的な綺麗な顔をしている小僧だな。そう思ったのが、最初の印象だった。
俺は一国を担う王。美しい妻と暮らし、三人の娘にも恵まれた。
イサック、そう名乗った小僧は、確か長女のシャンリと同い年と聞いた。
イサックは、頭が良かった。城内や仕事内容も、直ぐに覚えた。そして、剣を教えれば、直ぐに使いこなした。
そして、シャンリと仲が良かった。何かと世話を焼き、シャンリの望む物を、全て与えていた。
初めは、歳が近いから、と微笑ましく思っていた。妻も、そう思っていたに違いない。
シャンリの次に出来たシェルもリンも、五歳以上離れているからだ。
今でも、そう思っていた。あまり話さなくなったイサックが、リンや俺達よりも、シャンリの近くにいるのは、歳が近いからだ、と。
そして、シャンリは大人しい。破談が続いているのを、イサックも知っている。同情でもしている。そう、思っていた。
シャンリはどうして……俺や妻には似ていない。容姿も、性格もなにもかも全て。
疑問にこそ感じていたが、妻も俺も話題にはしなかった。確かに俺達の子だからだ。
リンがイサックに好意を持つのは、自然な事だった。
イサックは何でも出来る。魅力もある。
こんなときが来ても良いように、イサックを指導したつもりだ。シャンリの破談が続いたときから。
次期国王としての素質も頭もある。彼なら任せられる、と。実際、イサックは俺の右腕の様に、この国には欠かせない者になった。
王としての仕事の大半も、任せている。何故か。信じていたからだ。息子の様に、少しは感じていた。
いつだって従うし、忠誠を誓っていると思っていた。
イサックを呼ぶと、装飾の強い扉から、いつもの無表情で、現れた。
「お呼びでしょうか」と、頭を下げる。礼儀も、きちんと出来ている様だ。
「イサック、今からお前は、俺にではなく、リンの為の、従者になりなさい」
娘をくれてやろう。そういう意も、俺の中にはあった。
頭をゆっくりと上げたイサックは、変わらずに、無表情。そして淡々と、こう言った。
「お断りします」
「何?」
「お断りする、と言いました」
何を言っているのか理解出来なかった。十六から数年、ずっと反抗などしたことがなかったイサックに、断られるとは、思ってもみなかった。
眉間に皺が寄るのが分かる。
「何故だ」
「リン様は、私には荷が重すぎます」
「問題ない。リンは、ああ見えて、注文の少ない子だ」
「……私は、今のままで、十分です」
何か不満でもあるのか、それとも、本当に重荷だと、思っているのか、頷こうとしない、イサック。
「では、こう聞こう。イサック、お前の望みは?」
イサックの望みであれば、何でも叶えてやろう。だから、リンの従者に──と。そういう、気持ちだった。
だが、イサックの口から出た言葉は、予想外過ぎた。
「では…………シャンリ様の従者に、なりたいです」
「何だと、シャンリ?」
「はい」
変わらぬ無表情だが、微かに喜びも見える。まさか、こいつ。
「お前、リンを、好いてはいないのか」
「はい」
「…………」
清々しいくらいの、即答だ。
リンを好いている者は、いくらでもいた。リンと話すことなく、俺に相談しに来る輩までいたくらいだ。
なのに、リンを好いていない。
それに、シャンリの名を口にする時の、イサックの、あの微妙に変化した表情。
まさか。疑惑が、確信に変わる始める。縁談を断られ続け、部屋に閉じ籠る様になった、哀れな俺の長女。
「お前、まさか、シャンリを」
「……恋愛は自由。そう決めて下さったのは、貴方です。国王様」
ため息が漏れる。
確かに、リンが六歳の時に言った「好きな人と結婚したい!」から、自由制度に変えた。
城を含めた、国の全てを。
シャンリが破談され続けた時に、これでもか、というくらい後悔したが、それでも変えることは、無かった。
今、俺は再び後悔している。
まさか、リンではなく、シャンリとは。
じんわりと、怒りが頭を支配している。何故リンではない? 何故、縁談で断られ続ける前に、こうして言わなかった? 今ではシャンリは、俺達の恥だ。
「……お前は、シャンリを幸せに出来るのか」
父親として、当然の事を、聞いたつもりだった。
イサックの雰囲気が、変わる。少し眉間に皺を寄せたが、直ぐに涼しい表情に変わる。
「それを、言いますか。当たり前です。国王殿下より、俺はシャンリ様を大切に出来る。あんな、一人離れに住まわす事など、しません」
こいつ、本気か。
今まで俺に従ってきたのは、国王になるためでも、俺への忠誠心でもなかったのか。まさか、シャンリの為に?
「イサック、お前、従者でなく、公爵や侯爵の地位を与えると言っても、受け取らなかったのは、遠慮ではなく──」
「シャンリ様の従者でなくなるのは、死んでも嫌でした」
涼しい顔をして、そう答える。
そうか……では、随分と前からなのか? どうして気づかなかった? それとも、隠していたのか。
「今までの恩を仇で返す気か?」
「そんな、私としては、国王殿下がお望みならば、王になっても良い、そう思っています。ただ、相手はリン様ではなく、シャンリ様ですが」
「ならん。国王は、皆の憧れでなければならない。それは、王妃となる国王の妻も、だ」
「シャンリ様は、民衆の憧れには、なれないと。そういうことでしょうか」
肯定した。
当然だ。国王になるイサックは従者だとしても、外見や頭脳、力で乗り越えられる。だが、シャンリは無理だ。シャンリは王妃の器では無い。
あいつは、王族でいるのも不思議なくらい、誰かに勝る物がない。
「では、別邸で暮らさせて下さい」
「別邸だと?」
そういえば、数ヵ月前に別邸を建てる許可を貰いに来た。その時は、また何か国の為だと、気に止め無かった。
が、ここまで来れば、流れで分かる。
まさか、最初から、あそこを新居とする気だったのではないか、と。全く、頭の良い奴は、敵にすると怖い。
「はい。シャンリ様の許可は、まだ頂けていませんので、シャンリ様の許可を頂き次第、別邸で生活したいと思います。ご安心下さい。この仕事は、続けたいと思っておりますので」
「……駄目だ」
止めようと、思った。飼い犬の暴走くらい、止めなければ。
それに、俺が許可を出さなければ問題はない。簡単な事だ。国王なのだから。
そう思うのだが、精神的に追い詰められているのは、俺だ。
何故か、それは。
「差し出がましい様ですが、今の国王殿下は、国王とは名ばかりではありませんか。私が──いいえ、俺が……この国を指揮している。経済的な問題も、他国との交流も、ほとんど全てを、俺が指示している。国王殿下は、この国の、何をご存知なのでしょうか?」
「……イサック、お前、俺を脅すのか」
「いいえ。俺はただ、シャンリ様とのお許しを、貰いに上がりました」
表情は全く変わらない。やられた。そう思った。
俺は国のほとんど全てを、イサックに任せている。何故か。頭がよく、裏切らない。そう思ったからだ。
いずれ息子になる、そう思っていたからだ。
それに、他の誰よりも迅速に、的確にこなしてくれる。それにかまけて、俺は任せる量をだんだんと増やし、胡座をかいていた。
今、この国は、イサックの掌にあるのも同然。俺達の命も、だ。
つまり、この涼しい顔した綺麗な男が、俺の回答次第では、悪魔になるかもしれない。
シャンリをやるのは、構わない。シャンリをくれてやるだけで、この国を維持し続け、発展してくれるなら、安いものだ。
ただ、可愛い可愛い、俺のリンの願いが叶えられない。そして、イサックに、これから揺すられるかもしれない恐怖
内密に処分してやりたい気分になるが、不可能だと知る。
俺は、とっくに王としての権力を無くしていたと、気づいたからだ。
貴族も従者も、もちろん騎士さえも、誰も俺の命令は聞かないだろう。どうして、こうなる前に気づかなかったのか。
「ぐ………………良かろう。くれてやる。シャンリの許可が、取れ次第、また改めて来なさい」
それまでに、シャンリに優しくしなければ。良い顔をしなければ。
そうしなければ、もし、シャンリが俺達を恨んでいたら。その時、この男は、本気で潰しに来るだろう。
「ありがとうございます!」
イサックが、初めて笑顔を見せた。
とても綺麗な笑顔だが、俺には不吉に思える。
頭が良く、剣も強く、外見も良い。部下との関係や、育てるのも上手い。そんな、この男が。何故シャンリなのか。
それに、あの時から既にシャンリに惚れていたとしたら、かなり心酔しているとみえる。
シャンリの為なら、俺を脅すことだって、するくらいだ。
そうか。俺を脅せる立場になったからこそ、今、なのか。それならば──もしや、シャンリの破談は。
考えることを止めた。これ以上は、頭も胃も痛くなりそうだ。
とにかく、シャンリの好感を得ておこう。この犬は、もはや俺には制御出来ない。綱を引けるのは、シャンリだけかもしれぬ。
間違っても、俺達が蹴落とされる事が無いように。
王族で、居続けられる様に。
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