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既に両親と妹のリンが、食卓を囲んでいる。
私が遅かったのだろう、皆食べ始めていた。
私に気付いたお母様が顔をあげた。
「あら、来ないと思って、食べ始めちゃったわ」
私の椅子をイサックが引き、私は腰を落とした。「ありがとう」と言えば、無言でイサックは頷く。
家族で、食事の時しか使わないテーブルだ。そんなに広くはない、六人掛けだった。
ふいに視線を感じて隣を見ると、リンが睨んでいる。
思わず声が出そうになったのを、我慢して、視線を逸らした。
な、なに? 一体、何に怒っているの? なにかした? 今日は皆、心なしか機嫌が悪いわ。
正直、私は家族に歓迎されていない、と思っている。
私が立て続けに断られた縁談から、お母様もお父様も、すっかり私に見向きをしなくなった。
もとから部屋に閉じ籠っていた、私──喪女を、完全に諦めたのだ。
「もう好きにしなさい。お前は長女だけど、期待などしていません」という雰囲気。実際そうなのだけれど。
リンが婿を取るのに必死な両親は、私がどうなろうと関心を示さなくなった。
お父様にいたっては、毎日こうやって顔を会わせているにも関わらず、もはや無視。ちゃんとした会話も、何年かしていないのでは? とすら思う。
胸が痛むが、気づかない振りをする。両親が悪い訳ではない。全ては私が悪いのだから、自業自得。
この席だって、ほら。お父様が誕生日席のように座って、続いて両サイドにお母様とリン。私はリンの隣だから、目の前には当然誰もいないし、席順がランクを示しているのなら、私は長女にも関わらず、家族で一番下なのだ。
最初はリンの席にいたのよね、私。いつからだったかしら、この並びになったのは。
黙々と目の前の食事を平らげていれば、お母様が口を開いた。
「リン、昨夜のパーティーで、気になる方はいらした?」
「そうよ、聞いて、お母様。サランったら……」
昨日パーティーなんてあったのか。この城でやったのだろうか? 全く気づかなかった。
リンはサランがしつこい、ということを、お母様に伝え、お母様が自慢気に笑っている。
サランというのは、私の三つ年下の幼馴染で、最初の私の縁談相手だった。というか婚約者といってもいい。
黒髪を短くしていて、顔が良く、剣の腕も悪い方ではないと聞く。が、少しお喋りが過ぎる。昔からリンに特別な感情を抱いていて、それをお父様に伝えたのだろう。私は呆気なくフラられた。
お父様としては、サランを息子にしたいだろうが、リンにその気は無いらしい。
たまにリンに会いに城内へ来るが、少しお茶をしては、リンの都合により、帰ってしまう。
別に彼を恨んでなどいないが、会っても良い気分はしないし、お互い気まずいので、会わないようにしている。
会話に入って空気を壊すのもあれなので、黙々とラザニアっぽいものを口に運ぶ。
王族に出される食事だけあって、毎日美味しいご飯だ。
食べ終わった後、部屋で続きをしようと意気込んでいると、食事の経過を見計らってイサックが現れた。
朝食同様、再び部屋まで送ってくれるのだろう。
「ねえ、イサック。お姉様とお話があるの。少し時間をくれるかしら?」
イサックが私の椅子の背もたれに手を伸ばした瞬間、リンがイサックを見上げた。
お姉様、という単語で、私に何か用事かな、珍しい、と思ったが口には出さない。
イサックも少し眼を見開いたが「畏まりました」と身をひいた。私のときみたいに何分後、とか制限つければいいのに。きっと良いことではないもの。
薄々、気づいていたが、イサックは私に厳しい。他を見たことがないが、時間制限をつけたりはしないだろう。
「ありがとう。では、お姉様、お庭でも散歩しましょうか。今日はとっても天気が良いもの!」
「ああ、うん、そうね」
絶対怒られる。さっき睨んでいたから、絶対可愛い相談とかじゃない。
嫌だな、等と思いながら、リンと花が綺麗に植えられ、手入れの行き届いた庭へ。
太陽が眩しい。光は好きじゃない。そういえば、外なんて何日ぶりかしら。
「あの、何かしら、リン?」
早く怒られて、早く部屋に戻ろう。わざわざ二人きりを選ぶのだ、他には聞かせられない話に違いない。
「お姉様、相変わらずね」
ふふっと笑顔を作るが、眼が笑っていない。もしや地雷だっただろうか?
引きつりそうになる顔を、必死で平静を装い、覚悟を決めるため、小さく深呼吸する。
リンは辺りに人がいないのを確認してから、唇を噛み締めた。
「お姉様、ずるいわ。なんて卑怯な手を使うのかしら」
くるり、と一回転しながら、ぐっと距離を詰めてきた。至近距離で別人のように、私を下から睨む、綺麗な大きな瞳だが今日はキツイ。
私は少し動揺しながら「な、なんのこと?」と踏ん張る。
「知っているでしょ? イサックよ。お姉様もイサックが好きなのね」
「お姉様、も?」
「そうよ。知っていたでしょ? 今さら、白々しいわ! 私だってイサックが好きなのよ。ずっと前から」
やっぱり、そうだったか。
では余計、否定しなければ! ……それで怒っていたのか。
「何か、勘違いしているんじゃない、リン。私、別にイサックが好きな訳じゃ」
「嘘よ。なら、どうしてイサックは、お姉様の送り迎えなんてしているのかしら?」
「それは、私が部屋を覚えられない、方向音痴だから」
自分で言っていて情けない。そもそも、イサックが私みたいな喪女を、仕事以外で相手する訳が無い。そう、根本的に、ありえない。
仕方なくやっているに違いない。
「少し部屋が遠くなったからといって、本当に覚えられないの? お姉様がそうだから、いつまで経ってもイサックは恋人も出来ないのよ!」
そういえば、イサックのそういう話は聞いたことが無かった。
「お姉様が幼稚で、手の掛かるオヒメサマだから、イサックが自由になれないんだわ。私との時間だって、全然取れないもの。さっきだって、迎えに来たと思ったら、直ぐにお姉様の所へ行ってしまうし」
「それは、私が悪いの」
「悪いのはいつだってお姉様よ! 案内専用の従者や侍女でもつけたらどう? イサックと私の邪魔をしないで!」
こんなに敵意を露にされたのは、初めてだった。リンは頭が良いから、いつだって上から見下していたのに。
今の彼女には余裕なんて無さそうで、恋は盲目、あれは本当だった、とのんびり思っていた。
「ごめんなさい、リン。イサックには言っておくわ」
「お姉様も、一人で何でも出来るようにした方が良いわ。頼れる人なんて、お姉様には、いないんだもの」
「……そうね」
「そもそも、どうしてイサックなの? 普通、オヒメサマには侍女でしょう? 余るほどいるのに、男の従者をつけるなんて、お姉様は身の程を知った方が良いわ!」
確かに、言われた通りだ。
そういえば、リンは侍女をつけている。次女のシエルだって侍女だった。
けれど、私は気がついたらイサックがいつも側にいて、失念していた。
「ごめんなさい、そうよね。そうするわ」
至極、申し訳ない、と頭を下げれば、リンは「ふんっ!」形のいい鼻を鳴らした。
伝わったのか、落ち着きを取り戻したリンは「では、お姉様よろしくお願いしますわ。イサックを呼んできます」と去っていった。
イサックに案内させるのだろう、そして、イサックにお前から言えと、そういう事だろう。
リンはいつも自分からは動かない。嫌われるのが怖いのか、相手にやらせようとする。そして、そうするのが上手い。
「……お話は、もう宜しいのですか?」
「ええ、終わったわ」
暫くして、どこからともなく現れた、涼しい表情のイサックを前に「お前のせいよ」と、心で叫んだが、イサックはいつもと変わらない表情をしている。
そういえば、イサックは、リンをどう思っているのだろうか。リンのあの言い方では、少なからず良い仲なのかもしれない。
「ね、ねえ、イサック」
いつも通り前を歩くイサックの背中に、声を掛ける。
「はい、何でしょう?」
ちらり、と、こちらに眼を向けた。
「私、もう案内はいらないわ。覚えたもの。毎回送り迎えなんて、馬鹿みたいで恥ずかしいわ」
「……畏まりました。では、念のため、地図をお渡し致します」
地図あるんかい! 最初からそれで良くない?
「あ、ありがとう」
事細かに書かれた地図。丸印が部屋だろう。イサックが書いてくれたのか、きっちりしている。真面目な男だ。
毎回イサックに会えなくなるのは、なんとなく寂しい。ラン様を見れなくなるようで、泣きたい。
だがしかし、私の部屋から稽古場が見える。つまり、剣を振るイサック、リアルなラン様が見れるのだ!
それで充分じゃないか、ふふふ。
部屋までつくと、意外とあっさり来た道を戻るイサック。
なんだ、冷たい奴だな。さよなら、くらいあっても良いじゃないか。
ほぼ送り迎えだけが交流だと言うのに。これが無くなっては、もうイサックと会う機会もめっきり減るだろう。
もう数年に一度くらいかしら……用事もないもの。
言い忘れていたが、私の部屋は、城内でも奥の方にある。つまり、お父様やお母様、リンとはかなり離れている。
城の端にある、一際目立つ塔。そこが、私の部屋がある場所。見晴らしは良いし、人が滅多に来ないため静かでもある。幽閉されているみたいだけれど、ラプンツェルみたいで気には入っていた。
学校でいう旧校舎と新校舎。普通使うのは新校舎だ。だから従者すら、あまりここには来ない。
部屋に入ると、寂しさは無くなり、私は再び作業を開始した。
集中すれば、何も考えなくていいから、とても楽だ。だから私は、この歳になってから、漫画を始めた。
売ることもなにも予定はないが、自己満足とは恐ろしく心を満たす。
どれくらい経っただろうか。
扉を軽く叩く音と共に「夕食のお時間です」と低くよく通る声。
ああ、またイサックか。
「ちょっと待って、今ちょうどいいとこ…………っえ?」
待って、イサック? あ、あれ? さっき、さよならしたばかりなのに。
少し、ほんの少し、部屋が見えないように扉を開けた。
目の前には、いつも通り涼しい顔をしたイサック。だが、少し勝ち誇った眼をしている。
「終わりましたか。いつも、これくらい早く扉を開けてくれると、私も助かるのですが」
「う、あの、え? イサック、送り迎えいらないって、言わなかったかしら?」
「仰いました。ですが、食事の合図だけでも、した方が良いかと。シャンリ様は、何かに集中して、時計を全く見ていないと以前、王妃様が仰っていました」
私か? 結局私が悪いの?
「そう、ね。ありがとう、助かったわ。直ぐ行くから、良いわよ」
「はい。お待ちしております」
扉を閉めてから、少しだけ服や髪の乱れを整えて、漫画も少しだけ満足するまで描き足す。やっぱりやることが、これだけ! となると絵も上手くなるものね。
再び扉を開けると、眼を見開いた。
目の前に、平然と、先程と一ミリも移動していないイサックがいた。
「な、な? どうしてイサック、まだいるの?」
「? お待ちしております、と申したはずですが?」
本気で分からない、といったように、イサックは首を傾げている。
「いや、先に行っていてよ! これじゃ、普段の送り迎えと同じじゃない!」
「申し訳ありません。では、シャンリ様が時計を見るようになって、何も言わずとも、食事に来られるようになるまでは、やはり、このままで」
まじすか? これ、またリンに怒られるんじゃない?
そしてイサックは、優しそうな眼差しをしているが、たぶん「一生無理だよ、お前には」と笑われている気がする。
「がんばり、まーす」
どんな酷い顔で言ったのか、自分では分からないが、イサックが微笑んだので、急に恥ずかしくなった。
初めて見た、イサックの笑み! どうして今まで隠してたの! あまりに自然で、あまりに柔らかいので、一瞬時が止まったのかと思ったくらいだ。
でも、それは一瞬のことで、次にイサックを見たときには、再び無表情に戻っていた。
なんだ、イサック笑うじゃん。
「あ、そうだわ。ねえ、イサック。私、侍女をつけることにしたのよ」
だから、イサックはもう面倒なことをしなくてもいいのよ、と続けようとしたが、イサックから笑みが消えたので、続けられなかった。
冷たく、いつもより数段、恐ろしいイサックがそこにいた。
「……侍女を? なぜ、です? 私になにか不備がおありでしたか」
「い、いえ、そういうわけではないの。ほ、ほら、イサックだって毎回、面倒でしょう? そ、それに、私はアレだけれど、イサックだって、好きな人がいたら、異性の私の従者、なんて、お相手が良く思わないと──」
「面倒ではありません。そんな相手もいません。問題は何もありませんよ」
にっこり、とイサックは微笑むが、それは先程とは一転。目は全く笑っていないし、なんなら殺し屋みたいなオーラすらある。
こ、こわ。
「そ、そうなの……それなら……良いのだけれど」
人の怒りとは恐ろしい。何も言えなくなってしまった。
そうしてまたリンに睨まれるのだった。
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