再びの婚活

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再びの婚活

 リンの無言の視線を、知らない振りしながら、夕食を食べていた時だった。  基本的に家族以外はいなくなる、この異様な雰囲気の部屋。黙々と食べる他は、無いわけで。 「ねえ、お父様、私、お姉様は結婚した方が、良いと思うの」  口に入れたばかりのクラムチャウダーを吹きそうになるのを、なんとか堪える。  何言ってるの、リン!?  幻聴かしら、とリンを見ると、曇りのない眼でお父様を見つめていた。あ、これ、終わった……。 「……どういう意味だ、リン」  お父様の眉間にみるみる皺が刻み込まれていく。「こいつに、結婚?」と言わんばかりの目線が、ちらり、と私に注いだ。  ええ、ええ、私もそう思っていますよ。私に婚活なんて無理です。リンは嫌がらせをしているのかしら? 「だって、お姉様ったら、全然お部屋から出ないんですもの! 外に出て、男性とお散歩でもしたら、きっと食事の時間も、分かるはずだわ」  ああ、それね。やっぱり、イサックの送り迎えを怒っていたんだ。そりゃそうだ、私はあのときイサックにきちんと言う約束をしたもの。  言ったのだが、まあ、結果的には失敗よね。  イサックは怖かったわ。侍女にも変えられなかったもの……というか、私の世話をしたい侍女なんているのかしら。  イサックはさぞ大金を積まれているに違いないわ。  答えないお父様のかわりにお母様が口を開いた。 「でもリン。シャンリは、その、ねえ、あなた? 相談して決めたもの」 「相談ってなあに? もしかして、ずっとわたしがお姉様を見ていくの?」  ……考えて無かった。そう言われれば、リンが結婚すれば、この城に住み、この国を納めるだろう。  じゃあ、私は? どうなるの?  幽閉、か、生きているだけでも邪魔なはずだがら、まさか、死刑──!? 「リン、そうじゃない」  重い口を開いたのは、お父様だった。 「シャンリは、恐らく、結婚しないだろう。だが、従者や侍女にする訳にもいかない。この近くに別邸があるのは知っているな? そこで、暮らさせるつもりだ。今より貧しくなるが、仕方ないだろう」  貧しくなるのは問題ない。それよりも、ちゃんと考えていたんだな、と思う。嬉しい。  でも、それにしては、お父様の表情は重い。まるで、渋々、といった感じだ。 「う、嘘よ! お姉様は何も出来ないもの。料理も、掃除も。一人で生活なんて、とても出来ないわ! ねえ、お姉様?」 「うっ、が……頑張り、ます」  なんてことだ。確かに私は何も出来ない! 家事はしたことがないし、することといえば漫画ばかり……リンが見下すのも、今なら理解できた。  でもさ、そんなこと言うなら、リンだって何も出来ないでしょうが! 食事はコックだし、掃除は従者、侍女だし。誰も何も出来ないでしょうが! 「……その為に、従者がいる」  お父様は、本当に苦しそうに呟いた。  お母様なんか、さっきからどこか落ち着かない。何かあるの? 「従者と暮らさせるの?」  リンは鋭く言うと、二人の動揺している様子から、何かを悟ったのだろう。 「まさか」とリンは泣きそうな顔になった。  どうしたのだろう? 私だけ仲間外れ? そんな事を思っていたら、リンが爆弾を投下した。 「イサック? イサックなの!?」 「は? イサック?」  思わず声が出るが、無言のまま肯定している雰囲気の両親。  まさか、まさか、イサックと住むの? その、例の別邸で? 無理、無理、無理です!  何が起きている? 私のオタク人生に何が起きている?  別邸までは良いとしよう。どうせ、私はお姫様、なんて器じゃない。貧しい生活の方が合っている。  どうして同居? ルームシェア? ルームシェアなの? なんで同性ではなく、異性のイサック?  だ、駄目よ! いろいろ……その、問題が大有りよ! 私なんかが襲われるとは微塵も考えていないけれど、でも、イサックだっていずれは結婚とかするでしょう。  ぐるぐると頭の中が回っている。  すると、涙目で私をこれ以上ないくらい睨むリンと、視線がぶつかった。咄嗟に謝り「それだけは、どうか、考え直して下さい!」とお父様にすがりたくなる。  他の従者でも良いじゃないか。腐るほどいるではないか。なのに、どうしてリン差し置いて、私にイサックなのだ! 「どうしてですか! どうして、イサックなのです? 他にもいるではありませんか、お父様!」  リンが席を立って、お父様に懇願する。 「……歳も、シャンリと近いのだ。それにリン、イサックは年上過ぎるだろう。王としての器はあるが、なにせ従者だ」 「確かにイサックは従者だけれど……騎士団長でもあるし、地位もあるわ! わたし、知っているもの! 公爵だって相応しいと、言っていたじゃない! そ、それに、駄目なら、わたしが別邸へ行くわ!」 「リン、あなた、そんなに……」  お母様が涙を滲ませている。お母様にも、そんな経験があるのかもしれない。 「リン、これは、シャンリが結婚しなければ、という話だ」  お父様は、せめても、と苦しい顔をする。すると、リンの眼に光が宿った。 「お姉様、結婚して下さいませ!」 「え、あ、婚活、ですか」  この瞬間から、私の婚活がスタートした。強制的に。  リンがお父様へ、そしてお母様も巻き込んで、再び地獄の縁談がスタートしようとしていた。  最悪。もう食事どころではない。「あそこの誰が適齢期だ」とか「そっちの誰が貰ってくれそう」だとか。  私が部屋へ帰る頃には、食事なんて放ったらかしだった。  いつもの通り、イサックがやって来て「無事お部屋へ行けるか見守らせて下さい」等と、私の後をついてきた。  三人とも必死に縁談探しをしていて、私が席を立ったのも気づかなかったのだろう。はあ、憂鬱。 「……国王殿下も王妃も、何やら忙しそうですね」  私が地図片手に、自室を目指していると、イサックの呟いた声が背後から聞こえた。  お前のせいだろ! 何度目かだが、もう一度、心で叫ぶ。全部お前じゃないか! と。 「縁談ですって。私の婚活よ」 「……ご結婚したいのですか」 「したくないわ」 「なら、どうして、また縁談等と?」  だから、お前のせいだろ! とは言えず。 「女は嫁ぐのが当たり前、そうでしょ?」 「…………ですが、一人で暮らしている女もおります」  さて、イサックは何が言いたいのだろうか。  地図見ながら歩くのは難しいのに、会話までして。 「イサック、貴方もそろそろ、生涯のパートナーを見つけた方がいいわ。たとえば、この城の中にいる、可愛らしい子、とか」  そうよ、ちょっと心苦しいけど、リンを勧めれば良いんだわ。そうしたら、また断られて地味に傷つかずに済むもの。  縁談なんて嫌い。心が悲しくなるだけ。本当は二度とやりたくないと思ってた。 「シャンリ様は、縁談がお嫌いだと、思っておりました」  お、無視か? やるな、イサックよ。たまにだが、こうやって無視するときが、イサックはある。  どうでもいい内容なのか、返事するに値しないのか。 「……そうね、縁談は嫌いよ」 「それならば、何故また縁談などと? 良いではありませんか、ずっと部屋にいても。シャンリ様は、お部屋で好きな事に集中していれば、幸せなのでしょう?」 「そうも行かないわ、残念ながら。難しいわよね」 「…………」  イサックは押し黙ってしまった。何を考えているのか分からないが、振り返らない方がいい。  イサックは、時々、こうやって、私を理解している風を出す。まるで、私の事なら、何でも知っているかのように。  そして時々、酷く冷たい眼も、する。  たぶん、この城内で、本当のイサックを知る者はいないだろう。  そして、無事に部屋に着いた。 「ほら、イサック、着いたわよ」 「本当ですね。少し遠回りをし、少し道を間違えてしまいましたが、お見事です」  全然駄目ってこと? 相変わらず厳しい。少しじゃないか。 「もう次からは平気よ」 「道を最短で、間違えずに来れるようになったら、私も案内を止めましょう」 「……イサックは厳しくない?」 「さあ、普通ですよ」  どこか楽しそうにするイサックは、不意に眼を細めた。 「私は、シャンリ様には、少しだけ、厳しいかもしれません」 「やっぱり厳しいのよ。前のイサックは優しかったわ。今よりも、ずっと」  すると懐かしそうにイサックの眼が笑う。  そうだ、リンくらいの時のイサックは、それはそれは優しかった。  お腹が空いた、といえば、厨房で間食を作ってくれたり、夜だって、呼べばいつでも駆けつけてくれた。街へ出たい、といえば付き添ってくれたし、漫画が欲しい、と言えば走って買ってきてくれた。  転ぶと危ないから、と手を繋いでくれたし、用もないのに、毎日部屋を訪ねてくれた。暇してないか、とか、どこか痛くないか、とか。  あのイサックはどこへ行ったのかな? 「優しい方が、好きですか」  前のイサックに戻る、という意味だろうか? いや、今は駄目だろ! ただでさえリンに睨まれるレベルなのだ、あの頃に戻ってしまったら、リンに睨まれるだけじゃ、終わらない。 「い、いいえ。今のイサックが好きだわ」 「そ、そうですか」  イサックにしては歯切れが悪かったな、そう思ってイサックを見上げると、顔を逸らされてしまった。  金髪から少し見える耳が、染まっていたので、きっと照れているのだろう。可愛いな、イサックよ。まるでアシュレイを前にした、ラン様ではないか。  イサックは、どこか嬉しそうに、去っていった。  ……今日はもう寝よう。  明日から婚活かもしれないのだから。はあ、嫌だわ。  気分が落ちるとあれだけ楽しかったはずの漫画も凄く疲れる。もう嫌!!
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