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自室で何も考えないようにしていた。そして過ぎていくこと数時間。
も、もう、良いかしら? お父様の部屋に行くのに、イサックにバレては、非常に気まずい。
そう、あれね、万が一の為に、言い訳を考えましょう。
そうね、お父様とお話し……って、親子で話をするのに、どうして言い訳を考えないと、いけないの! おかしいわ!
そうよ、素で良いのよ、正直に、お話し、よ!
扉を、開けた。もちろん、地図を片手に、だ。
堂々とするのよ、シャンリ! イサックがいても、涼しい顔をすればいいの! イサックだって、いつもそうじゃない。
涼しい顔して「ごきげんよう」よ! お姫様っぽいわ。
結論から言おう、イサックには会わなかった。
まあ、例の如く、道に迷いまくったけど、不思議とイサックに、会うことは無かった。
ただ、他の従者には会ったのだ。
「あ、シャンリ様。こちらで何を?」
若々しい赤毛の従者……えっと、誰だったかしら。
イサックによくついている子……のような気もする。確か憧れているとかなんとか。
まあでも、そういう子は多いのよね。
でも皆、基本私に話しかけてくることなどなかったのだが……知らないのかしら、私が破談続きのシャンリだと。
いえ、名前を知っているものね。
腫れ物に出会ったかのように皆、苦笑いを添えて避けて行くものだから、家族とイサック以外は久しぶりの会話だ。
「あ、その──」
「イサック様ですか? それでしたらぼくが代わりに呼んで──」
「ち、違うの!! そう、あの、違うわ」
思わず力んでしまったが、従者は気にしている素振りはない。
「そうですか。では、どちらに?」
「お、お父様のところに伺う約束をしていて……」
「ああ! そうでしたか! それでしたら、こちらではなく真逆ですよ」
ニコニコと人好きするような笑顔で、私の後方──重苦しい、金の装飾が豪華な扉を指し示した。
「あ、あら……」
こんなに近くにあったとは。すぐに解りそうなものだが、本当に自分の無能さを思い知る。
「大丈夫です、すぐなので」
「あ、ありがとう」
「いいえ! では、ぼくはこれで」
終始、悪気のない無邪気な雰囲気のまま、去っていった。助かったけれど、名前は聞かなかったな、と思う。
私を避けない従者はあまりいないのに。
さて、久しぶりのお父様と一対一。緊張する。深呼吸をして、大きくてゴツい装飾の、扉を叩く。
「お父様、シャンリですわ」
「……入れ」
ゴツい装飾のわりには、案外軽く開くのよね、この扉。
中へ入ると、三人掛けソファに座って、足を組んでいる、お父様。寝室は、お母様と一緒だけど、寝るとき以外は、いつも、ここにいるお父様。
「座りなさい」
お父様は、眼の前にある、細長いテーブル越しの、同じ様なソファを、指差した。
私は大人しく、そこへ、でも、端っこに、腰をおとした。
「シャンリ、いつ来るのかと待っていた」
「ごめんなさい、お父様、その、思ったよりも、広いのね、この城は」
「何を今更な事を」
ふっと、お父様が笑みを見せた。あ、久しぶりに見た! ずっと、難しい表情しか、見ていない気がしたから、とても嬉しかった。
あの頃の、優しいお父様だわ! そう確信すると、少し緊張し、少し警戒していた自分が、馬鹿だと思った。
ここに来た途端に、お父様が豹変するかと、そう思ったからだ。私は、お父様にとって、恥でしかないのだから。
「あ、あの、お父様? その、相談、が、ありまして」
「ああ、そうだったな。それで、ここまで来たのだろう? 言ってごらん」
何の相談だと、思っているのだろう。優しい眼をしているが、どこか強張っている。
言うか悩んでしまうが、もう切り出してしまったし、と、覚悟を決める。
でも、少し恥ずかしくて、俯いた。そして、そのまま、言葉を発する。
「その、ね。イサックなのだけれど、私、その、きゅ、求婚、を、されましたの」
「……イサックにか」
「ええ」
「返事をしたのか」
「いえ、まだですわ」
「そうか」
「ええ」
「…………」
え、終わり? そう思って、顔を上げると、なんともいえないような、お父様が、いた。
「あの、えっと?」
「それで、相談とは、何だ」
「え、だから、イサックに」
「求婚されたんだろう。それで、相談とは?」
……どう考えても、それが相談だろうが! それに、あんまり驚かない、お父様。もしかして、知っていた? それとも、気にしないのかしら?
疑ってみるけど、相談は何だ、と催促するような、瞳。
「えっと、答えを、どうすればいいか、迷っていますの」
「そうか」
「…………」
「…………」
しーん、と、室内が静まり返る。
え、だから、終わり? 考える仕草くらい、しましょうよ、お父様!
「…………」
もう、黙るしかない。お父様に相談した私が、愚かだったのか。諦めようかしら。やっぱり自分で考えるべき、か。
思えばお父様が誰かに相談を受けているところなど見たことがないし、私もこれが始めて。リンは……相談という名の要求だろう。
やっぱり相談は無かった! 気のせいだった! と、お父様に言おう。口を開いた時だった。
「好きなのか?」
「やっぱ、え? は?」
「求婚は、お前の気持ち次第、そうだろう? 好きなのか、お前は、イサックが」
「私?」
「そうだ。これは、俺に聞きに来る問題では、無い。お前が、真剣に考えてやればいい。どんな結果でも、真剣に悩んだのなら、それでイサックも、満足するだろう」
「……そう、かも、しれませんわ……ね」
「好きなら、結婚し、暮らせばいい。お前は、自由だ。その時に、俺に報告に来なさい。断っても、同じだ。その時もやはり、俺の所に来れば良い」
「お、お父様……」
「さあ、分かったら、部屋へ行きなさい。もう夜も遅い。身体に良くない」
「ええ、ありがとう、お父様」
そして、そのまま、ゴツい扉の前に立つ。お父様も、わざわざ来てくれる。
「おやすみ」
「お休みなさいませ、お父様!」
なんて、なんて素晴らしいお父様を持ったのかしら! そうよ、全ては、私の気持ち次第なのね! どっちを選んでも、お父様は、受け止めてくれるのだわ! そして、気づく。
…………あれ? これ、なんの解決にもなってなくね?
でも、そうか。
私、イサックのこと、どう思っているのだろう? その、好き、なの、かしら?
笑顔が好き、なんて、言われたときは、やっぱり、ドキッとしたわよね。でも、これは、恋愛なのかしら?
そもそも、恋愛とは? ってところから、なんだよな、私。
初恋は、いつだったかしら?
「ふっ、今夜は、寝れそうに、ないわね」
お父様の部屋からの帰り、迷いながら、私は呟いた。今の状況的にも、イサックの事も。
私は、好きなのだろうか。好きって、何だろう? 恋する乙女のような発言だが、私は喪女だ。
これが、モテモテ、リア充女子なら、簡単だろう。自分の気持ちにも、きっと敏感だし、見た目も、努力するだろう。
私は、何が出来るだろうか? 求婚されたのだから、それなりに、何かしたい。
だって、初めてだもの。初めて、誰かに求められたのだから。
お父様の言う通り、逃げては、いけない。真剣に、考えるべきよ。
自分の気持ちを、知るべきだわ!
自分と向き合う時が、来たようね。
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