気持ちと気づき

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 前世の、私は。  今とほとんど変わらない外見に、性格。同級生から、影で何かを言われても、直接言われても、何も言い返さなかった。  ただ、空気のように、毎日を送るだけ。  小学生からかしら、いじめっていうものに、気がついたのは。そうだ、これは、もしかしなくても世の中で騒いでいる、いじめだと。  でも、誰にも言わなかった。心配かけたくないし、騒ぎにも、したくなかった。  そのうち、そう、中学生になったら終わる。そう思っていた私は、なんて浅はかなのかしら。  そして、恐ろしいことに気づいたのだ。六年の後半に。  このクラスにいる、ほぼ全ての同級生が、同じ中学に上がると。  絶望した。これでは、終わりは来ないじゃないか。と。  この調子で、中学、高校、大学、と。生活を、送るのではないか? そう思うと、消えてしまいたかった。  子供だった私は、神様に頼みに行った。神頼みなんて、どうにもならないのに。  神社へ行き、毎日、毎日、祈った。  すると、どうだろう。いつだったか、叶えてくれない神に、腹をたてた私は、本殿に不法侵入した。怪盗の様で、さながら格好良かった気がする。ゲームのようで。小さな過ちだ。  そして、何故か気がついたら、今だ。  気付いたら、こっちの世界にいた。そして、物心ついたときには、お姫様だった。  ずっと、忘れて暮らしてきたけど、ある時、確か、とてつもなくルパン三世に似た人物に会ったのだ。  「あ、この人、ルパンじゃん」と。「宝石取られるぞ」と。周囲に、言いふらしたと思う。  まあ、私のお陰で、宝石は無事、ルパンは地下室に閉じ込められてしまったけれども。  暫くして、ルパンについて深く考えてから、全てがフラッシュバックした。  すんなり出てきていた単語を不思議に思ってはいけなかったのだろうか。  初恋が無かったのか、と言われれば、ある。  ここでは無かったけれど、前世では、あったのだ。  ベタだが、私を唯一、皆と平等に接してくれた、同じクラスの男の子だ。  小学五年生くらいかな? たまたまクラス替えで、一緒になったのだ。今思えば、顔はあまり良くなかったけど、そこがまた、クラスのイケメンよりは、私には良いかもしれない、と。まあ、身の程もわきまえず、そう思った訳だ。  告白する勇気も無いし、彼は私立の中学希望していたし、で、特に話すこともなく、さよならした。  まあ、私の恋話なんて、こんなものだよね。  それなのに、色々すっ飛ばして、求婚ときた。  正直、嬉しい。非常に、嬉しい。イサックは、お互い結構知っている仲だし、同い年で、気を使う事も、ないだろう。  私の外見は、十分自分で分かっているつもりだ。だから、イサックはちゃんと、内側を、見てくれたと思っている。  私も、イサックを恋愛面で意識していない、と言ったら、嘘だ。  前にも言ったように、イサックを意識していた、あの頃。出会った時の、今のリンくらいの年齢。  あの頃から、イサックとの距離感は変わっていないし、正直、異性として、見ている。  あの頃の感情が「好き」だというのなら、今も「好き」だ。  でも、少し違っていて、あの頃は、純粋に、単純に。今よりもひねくれてなかったし、子供の好きに近い。  今は、好きの中に安心がある。イサックがいると、安心するし、家族よりも近い関係だったと思う。  毎日の中で、いつだって一番話すのは、イサックだった。  イサックは、優しいし、頭も良いし、剣の腕も確かだ。サランの様に、余計なことは言わないし、頼もしい。  階級も、結構上の方に出世したと聞いたから、たぶん、給料も良い方なのだろう。まあ、別邸として、城を建てるくらいだ。一緒に暮らしても、不自由は感じられない。  きっと、物凄い優良物件なのだろう。あの、お父様ですら、王になる器がある、なんて言うくらいだもの。  それに、イサックが従者であっても、何であっても、私は気にしない。  イサックは、本気だった。  私みたいな破談続きの姫に同情──という感じもない。本当に、真剣に、真面目に、求婚してくれたのだろう。  では、いったい、どうして私は、返事が出来ないのだろうか?  リンに気負いしている訳でも、ないし。お父様だって、ほぼ大丈夫だろう。  もしかして…………怖いのかしら?  私は、自分に自信がない。まあ、自分のここは好きって、ところも、無いから必然的に、自信という言葉は出てこない訳で。  だから、怯えて、疑ってしまう。イサックを。  私がイサックなら、確実に求婚なんて、人生の最大の決断に、シャンリなんて人間を、選ばない。  たとえ姫でも、地位がほしくても、リンがいるし。  私を選んだとしても、イサックにメリットは無いし、イサックは冗談で、こういうことをしたりは、しない。頭では、理解しているつもりだ。  信用することが、出来ない。  イサックが、これから先もずっと、今の気持ちのままで、いてくれると思えない。  何故か。イサックは知らないからだ。私の全てを。  漫画やアニメが好きで、重度なくらいだと。腐女子だと。そういった事を、何も知らないではないか!  外見の上に、この趣味である。  知って拒絶されるのが、怖い。  ……思えば、たったそれだけな気がする。  いつも通り、イサックが呼びに来た。 「今行くわ」  私もたった数日で、ずいぶん変わったわ。  少し前なら、漫画を寝ずに描いていたのに。 「……ご報告が、あります」  少し歩いた頃だった。イサックが背後から、私に、静かに、声を出した。 「何かしら?」  平静を装ったけれど、内心ばくばくだ。何だろう、と。求婚の件は、やっぱり取り消しかしら? と。  幸い、私は地図片手に、イサックの前を歩いている。表情は、バレないはずだ。 「リン様が、婚約されました」 「…………は?」  呆気に取られて、思わず足を止め、振り返る。  何だって? リンが婚約? 相手は? 何故に今なの? 「お相手は、サランです。昨夜、突然、リン様から報告されたと国王陛下が」  どうして、突然?  そして、何故、イサックはサランに様をつけないのだろうか。少なくとも、イサックは従者なのだから、身分は下なのに。 「どうして、リンは突然? サランを嫌がっていたのに」 「分かりません。嫌よ嫌よも、好きの内、なのでは?」  そ、そうなのかな……何か理由がある気がするけど。  リンに、何があったのかしら。もしや、またイサックが原因なのでは?  感情に任せて……なんて、ありそうだから、怖い。姉としては、どんな妹だろうと幸せになってほしい。  食事場に着くと、直ぐに、リンに眼がいってしまう。 「その感じじゃ、お姉様も、イサックに聞いたのかしら」  リンは、こちらに一瞬視線を向け、直ぐに、眼の前にあるミネストローネへと、注がれた。 「リン、婚約って本当かしら?」  自分の席に腰を下ろし、リンと向き合う。理由を聞かなければ。 「ふふっ、婚約、そうね、婚約よ。そして、明日、結婚するわ!」 「明日?! な、何を言っているの? そんな、早すぎるわ!」 「早すぎないわ。お姉様の方こそ、何か言うことが、あるのではなくて?」 「何のことかしら?」  リンが、不吉な笑みを浮かべているから、警戒してしまう。 「知らないフリが、得意ね、お姉様は」 「ほ、本当に、何の事かしら?」 「お姉様も結婚、するのでしょ? あの、イサックと!」  眼を見開いた。何故知っている? まさか、お父様が? って思ったら、驚いた表情の、お父様。  そして、お母様は、目線を泳がしている。まさか、お母様か? 「その反応。やっぱり、お姉様も結婚するんだわ」 「ち、違うわよ! その、それは」 「今さら結構よ。イサックはもう、諦めたわ。お母様が教えてくれたもの、お姉様とイサックが結婚するって」 「いや、そうじゃなくて!」  結婚なんて、まだ考えてないわよ! 返事ですら、こんなに迷っているのに! 「お姉様より、わたしの方が、早く結婚するのよ! これは、決めていたの。それに、そうじゃないかって、思っていたもの。イサックは、いつだって、わたしよりも、お姉様だったわ」 「いや、だから!」  どうして、昔からリンは、私の話を、聞かないのだろう。  そして、張り合ってくる。シエルがいた頃から、いつも、私と。  助けてくれたのは、お父様だった。 「リン、シャンリはまだ、返事すらしていない」 「え? どういう、ことですの?」  お父様の言葉に、リンから、笑みが、消える。  やっぱり、張り合っていたのね。私なんかと。 「シャンリは、イサックに求婚された。ただ、それだけだ。シャンリは、何も返事をしていない。これからだ」 「そ、そんな、嘘よ!」  リンが青ざめる。何を焦っているのだろう。まさか、早とちりで、私に負けたくなくて、ただそれだけで、サランの求婚を、了承したのかしら。 「本当だ。シャンリは、まだ、悩んでいるのだ」 「悩む必要なんて、無いわ! イサックに言い寄られて、悩んでいるなんて、どれだけ! どれだけ、お姉様は、欲深いのかしら!」  私がリンの言葉に、ショックで何も言えないでいた。  そうだ、これが、リンなのだ。リンは、どうしても、私より有利に立ちたいらしい。 「止めないか、リン。今は、食事の時間だ」  お父様の制止で、落ち着きを取り戻したらしい。まだ、肩で息をしているが、深呼吸をしている。  朝食が、ミネストローネが、どんな味だったか、覚えていない。こんな、静かな食事は、久しぶりだ。  まるで、最初に戻ったみたい。  リンは、私の何が気に入らないのかしら。  何か、しただろうか?  リンは、ただ黙々と、食べている。何も言わないし、視線すら、合わせて来ない。  本当に、何かした?  リンは、いつだって、私よりも、たくさん持っていた。  可愛い見た目に、小さい物が好きで、おしゃれが好きな、可愛い趣味。お父様も、お母様も、私より、リンを、いつも優先した。  リンは、いつだって、私の憧れる毎日を、送ってた。  外が好きで、笑って、街に出れば、皆に話しかけてもらえて、そして、たくさんの人に、好意を持ってもらえる。  そんなリンが、私と張り合うことが、間違っている。  それこそ、イサックと同じだ。私がリンなら、シャンリなんて、相手にしない。  だって、人としても、女としても、勝っているのだから。  なのに、どうしてかしら。  そのまま、昼食も、変わらなかった。  静かな、何も、誰も言わない、黙々と、食べるだけ。  私だって、何も言わないし、発言できる立場ではない。お母様だけが、不安げに、視線を這わせる。  目が合うと、何か言いたげに、見つめてくるだけ。  私だって、どうにかしてほしい。  昼食の帰りだった。 「昼食、静かでしたね。何か、あったのでしょうか。それとも、明日の昼食前から始まる、リン様の式前だからでしょうか?」  イサックが、私に静かに言ってきた。朝食時の言い争いなど、案外、いつも聞こえていたのだろうか? あの部屋の壁は、薄いらしい。  それよりも、そうよ! リン、結婚するんだわ! 「何故かしらね、食事が苦いわ」 「ですが、食事の場が、家族が揃う、唯一の時間ですよ。大切に、なさった方がいい」 「…………確かに」  イサックは、良いことを言う。  確かに、そうだ。あの場所こそが、家族が揃える場所。だからこそ、あれだけ重い雰囲気にも関わらず、毎食、皆来てくれる。  きっと、分かっているのだわ。  夕食は、どうにかしなければ。  リンが気に入らないのは、確実に私。ならば、何か出来るのも私なのでは?
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