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一難去ってまた一難
夕食中、である。
昨日に続き、皆、無言。それでも、しっかり家族は揃っている。
小さく、深呼吸をする。勇気を、手に入れる。
私がやるのよ! 変わるの! 重い空気は嫌!
「り、リン! 貴女、私に何か、言いたいことが、あるなら、い、言ったら、どうなのよ!」
緊張で裏返ってしまったけれど、リンがぴくり、と反応した。
リンが原因でこうなっているので、あれば。問う相手はリンしかいない。
「なによ、お姉様、突然。必死ね、笑えるわ。お姉様の方こそ、いつも、黙ってばかりで、言いたいことがあるのは?」
「そ、そうね。では、遠慮なく」
ごほん、と一つ、咳払いを、した。よーし、やるわよ、私は!
「リンは、私が、昔から、何をしても、気に入らないみたいね。でも、私からしたら──」
一生懸命、下を向きながらだけど、言葉を繋いでいる途中だった。
「気に入らないのでは、ないわ! 嫌い、なのよ! 分からなかったのかしら? お姉様なんて、大っ嫌いよ!」
顔を上げれば、噛みつきそうなリンの顔。傷つく。心が、軋む音が聞こえる。
少し黙っていると、またお父様が、私を助けようと、口を開く様子が見えた。
駄目! きちんと、自分で、自分の言葉で!
「どうして、どうして、リンは、私を、そんなに相手していられるの? リンは、私よりも、たくさん持ってる! 私みたいに、部屋にも引きこもってない! ……なのに、どうして、リンは、私なんかと張り合うの?」
「ええ、そうよ! お姉様なんかに、負けたくないのよ! お姉様なんか、何もかも、全部! 弱い癖に! 女としても、終わっている癖に! どうして! どうして、私よりも、幸せになるのよ!」
「幸せ?」
私の言葉を聞いて、リンは、鼻息を更に、荒くした。
「幸せじゃない! イサックの様な、完璧な人に、好かれているんだもの! 一生を、添い遂げられるんだわ! 幸せ以外の、何だって言うのよ!」
「リンだって、サランがいるじゃない」
そうよ。結婚するなら、リンだってサランが好きなはず。いや、むしろ、これから国王と王妃になるのだ、私なんかより幸せになれるわ。
そこで、リンが、鼻で笑った。
サラン? と。サランとイサックが、比べられると思っているの? と。
「サランは、イサックの足元にも、及ばないわ! 顔も、頭も、剣の腕だって、全て! いまひとつよ。イサックを百とするなら、サランは、そうね、精々五十止まりだわ」
「そんな、サランは、街では人気者なのに」
そう、人気者なのだ。街に出れば、黄色い歓声を浴びる。それが、サランだった。
それに、婚約者になんてことを。
「あんなの、今だけだわ。直ぐに、見向きもされなくなる。だって、サランってば、お喋りだもの! おまけに、あのプライドの高さ! 最悪よ!」
「リン、あなた、そのサランと、結婚するんでしょ? それも、明日じゃない。なのに、どうして、そんな」
「……お姉様には、関係ないわ!」
「か、関係、あるわよ! 私は、こんなでも、貴女の姉なのよ? 私なりにリンを知っているつもりだわ。そりゃ、私はアニオタで、腐女子で、気持ち悪いかもしれないけど、私はリンに、幸せになって貰いたいの! リンには、私が出来なかった事を、この国を背負うって大役を、任せてしまったから!」
言った。ずっと、ずっと言いたかったこと。
この国を任せてしまったこと。ずっと引っ掛かっていたし、三女のリンに、まだ十六の少女に託してしまったこと。
ずっと、申し訳ないと、後ろめたく感じていたが、言えずにいた。
リンは、何も言わない。私から視線を外し、紅茶の入ったティーカップを、見つめるだけ。
お父様も、お母様も、何も言わない。
私は、ここまできたら、と言葉を紡ぐ。
「……私、この国を、背負う気持ちは、あったわ。長女だもの。だから、誰だって構わない。そう思っていたの。自分を理解しているから、高望みは、しないようにって。だからせめて、お相手の支えになれるように、と。私でも、良いと言って貰えるようにって」
「…………お姉様は、努力したの?」
「もちろん! 嫌われないように、尽くそうと思ったわ。知ってる? お相手に、手紙なんかも、書いたわ。捨てられてしまったけれど」
「縁談で、手紙?」
「そうよ。よろしくお願いしますってね。私だって、好感を持ってもらえるように、工夫したりしたのよ。でも、駄目だったのよ。結局、こうなったわ。私、王妃なんて器では無かったのね」
自分で言って、悲しくなる。
長女の癖に、駄目だったのよ。
「そうね、お姉様、王妃って気はしないわ。でも、そう──お姉様なりに、努力していたのね。私はてっきり、お姉様は、何の努力もしていない、ただの引きこもりだと、思っていたの。なのに、どうして、イサックが選んだのかしらって」
「腹立たしかったわ!」と、リンは小さな口を、への字に曲げた。
そして、ふっと、笑った。
「お姉様には、別邸がお似合いよ! …………そして、私は、もっと良い人と、結婚してやるわ! サランじゃないわよ? もっと! せっかく、私達のような王族でも、結婚が自由なんだもの!」
リンは両手を思いっきり、広げた。
「そうね、自由だわ!」
お母様が、何に感動したのか、涙を紙ナプキンで拭っている。
お父様も、穏やかに、食事を食べ始めた。
そして、いつも通りの食事が、戻ってきた。
「解決されましたか」
イサックが、そう言ったのは、自室に、もう少しで着く、というところだった。
今も、地図無しでは、歩けない私だが、道を間違えたり、遠回りすることは、ほぼなくなっていた。
それでも、イサックは送り迎えをしてくれる。少し気恥ずかしいが。
「ええ。そして、残念ながらリンの婚約は、解消することになりそうね。サランも可哀想だわ」
「そうですか、それは良かった」
いつになく、イサックが安心した声を出す。
「あら、イサックは、リンの婚約に反対だったの?」
「ええ」
何だ、やっぱりイサックも、リンの事が気に入っていたのね。
何故だろう、はっきりそう言われてしまうと、不愉快ね。少し機嫌が荒れてきた自分に驚きながらも、何とか声だけは、平静を装う。
だが、イサックの言葉には、続きがあった。
「あんな奴が、国王殿下など、なれるはずがありませんから」
「……あんな奴って、まさか、サランのこと?」
「それ以外に、誰がいるのでしょうか」
「ちょ、誰かに聞かれていたら、どうするの! イサック、貴方、一応従者なのよ?」
「シャンリ様が、言葉にしない限り、大丈夫ですよ。あの時の様に。あの、盗人の時みたいに、言わなければ、バレません」
そう言いながら、ルパン事件を思い出したらしいイサックは、クスクスと笑い出した。
そういえば、あの時も、言って回る傍らで、ずっと笑っていたっけ。
「ちょっと、何がおかしいのよ! 私はね、真剣に!」
「ええ、真剣ですよね、知ってますよ。あの時も、真剣に訴えていたでは、ありませんか。『こいつは宝石を取る気よ、絶対に! だって、ほら、見てごらんなさい、ルパンよ。ルパンが客の訳が、ないわ!』って。あれは滑稽でした」
それはそれは嬉しそうに、そして綺麗なものを思い出しているような表情に、私は気恥ずかしくなる。
「な、何で一語一句覚えているのよ!」
「皆にも、同じことを言っていたでは、ありませんか。ぜにがたけいぶ? は、まだる とも」
「そ、それは!」
恥ずかしい! 思わぬ失態だ!
ルパンの存在を知った私は、当然、銭形警部も、いると思った。もちろん、その他も。
まあ、今思えば、いるわけがないのだ。
「まあ、今となっては、笑い話ですが。あの時、シャンリ様が気づかなければ、城の金銭も危うかったので、感謝しておりますよ」
本当かしら。まあ、城を救えたのは、私が日本人で、誰もが知っているルパンだったから。
感謝しているわ、モンキーパンチ先生。
いつもの通り、去っていくイサックを見て、気づいた。
そういえば、不愉快が消えている?
そして、イサックを見ながら、私もイサックに、覚悟を決めなければ、と考える。
私はイサックに、アニオタ、腐女子であることを、告げようと、思っている。いや、告げなければならない。
私のことを、知ってもらいたいから。
それで求婚を取り消されたら……ショックどころか自殺する勢いだけれど、私が好きなものなのだから。趣味、なのだから。
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