236人が本棚に入れています
本棚に追加
イサックは忙しそうだし、約束通り来てくれるかな? ま、最悪明日でもいいけどねー。と、そんな考えを胸に、食堂の扉を開いた時だった。
それは、突如として現れた。
「っ! イ、イサック?」
「お待たせ、致しました」
はー、はー、と。肩で息をするイサックが、目の前にいた。額には、うっすらと汗が滲んでいる。
そ、そそそ、そんなに期待させてますでしょうか?
たかだか、聞いてほしいこと、だよ? あ、でも、ちゃんと言うべきだったか。変な期待させてしまったのだろうか?
「そ、そんなに急がなくても、大丈夫よ?」
「いえ、お話をする、約束でしたので」
や、やっぱり、それだけのために走って来たのだろうか。なんて、なんてプレッシャー!
う、押し潰されそうだ。一気に緊張してきた。ああ、何を期待させてしまったの、私! 何を期待しているの、イサック!
「そ、そんな、急いで来る様な、話じゃないのよ?」
「でも、あるのですよね? 俺に話が。それも、少しではなく!」
「いや、あの、忙しいでしょ? 明日とかでも、私は……」
むしろ、なんか明日の方が、イサックも落ち着いているだろうし、私も、気持ち的に……。
「いえ、大丈夫です。もう、終わりましたから」
爽やかな笑顔が、そこにいた。
あー、やってしまった、私! 超喜んでるよ、イサック。もう、何か期待をしているね、これは。
それからは、大変だった。
自室に着くまでに、なんとかイサックの期待は、たぶん違うよ。何かわからないけど、失望するかもよ、という事を、遠回しに告げまくった。
ハードルを下げようと、期待を下げようと。それなのに!!
「今日は、よくお話しされますね、嬉しいです」
と、何故か、再び空回りした。何故なの!
そんなこんなしていたら、いつの間にか部屋の前で。
ふう、き、緊張してきた。
私の緊張が伝わったのか、イサックが「どうかされましたか?」と声をかけてきた。
自室の扉を前に、私は、ドキドキする胸を押さえて、深呼吸して、嫌われても平気よ、と、心で繰り返す。
「あの、シャンリ様? 体調が、悪いのでしたら……」
「い、イイイサック!」
「はい! 何でしょう?」
少し後ろに控えているイサック。私が振り返ると、何かを覚悟したらしいイサックは、敬礼でもするかの如く、背筋を伸ばした。
だか、今は構ってられない。
「へ、部屋に、入って、欲しいの! その、部屋を、見て、ほしくて」
「……お部屋、ですか?」
「ええ、あの、正直に、言ってもらえれば、と」
震える手を押さえて、今さら気づいた。
見せる前に、見るのを断られたら、どうする? それって、何にカウントされるの?
そんな考えを遮るかのように。
「畏まりました」
その返事を聞いて、ゆっくりといつの間にか、慣れたドアノブに手をつける。
ああ、ここで終わるかもしれない。私の人生最大の転機よ!
ぎゅっと、眼を瞑り、勢いよく、開けた。
今、きっと、イサックの眼にも見えているだろう。私のこの、オタク空間が。バッチが、漫画が、抱き枕が。キーホルダーが、コスプレ用の服が、ぬいぐるみが。
イサックが、どんな顔をしているのか、分からない。そして、出来るならば見たくない。
「………………ど、どどど、どうかしら」
気持ち悪い? 意味不明? ありえない? 求婚、白紙に戻したく、なった?
返事を、待つしかない。
「……これは、街の一部の者達に人気という、アニメ、というやつですか」
「そ、そうでさ」
あ、動揺で、噛んだ。
一歩、また一歩、とイサックが、扉の入口まで、近くまでやってきた。
反射的に、下を向く。私にはイサックの足しか見えない。
「入っても、宜しいのでしょうか?」
「あ、どうぞ」
最初から、部屋に入れる気だった。
部屋に入った方が、より実感できるだろう。
……気持ち悪い、よね。前世でさえ、受け入れてもらえなかった。父や母にさえも。
「どうしてこうなったのか」「何を間違えたのか」その会議ばかりだった。
好きなことを否定されるのは、とても辛い。気持ち悪い、と言われたことも一度ではない。
足音から、部屋を歩き回って、見ているのだろう。
恥ずかしいが、私も一歩、室内に入り、扉を閉める。動悸がおさまらない。怖いよ。
「あの、どう?」
「このような趣味をお持ちとは。驚きました」
言葉とは裏腹に、落ち着いた声のイサック。本当に驚いているのだろうか?
「シャンリ様。お部屋の事は、よく分かりました。それで、その、俺にお話、とは?」
「…………え?」
ぽかん、と口を開けながら、信じられない気持ちで、顔を上げた。
何を、言っている?
瞬きを数回すると、イサックは、ほんのりと頬を染めている。
「お話が、あるのでは?」
「あの、この部屋、き、気持ち、悪く、ない?」
自分で言いたくなかったけど、仕方ない。とんだ天然ちゃんだよ! この、イサックめ!
「……気持ち? 趣味を持つことは、大切な事です。ただ、そうですね。うーん、この人物が、お好きなのですか?」
「そ、そうです」
「そうですか。俺に似ている気がする……ああ、だから、稽古をよく眺めていたのですか? こいつも騎士ですか」
うっ、鋭い! なんて、なんて勘が良いの! やだ、勘の良いガキは嫌いだよって気持ち、凄く分かる!
「そ、そう、かな?」
「だいたい分かりました。徹夜も、こいつですね? ん? これは……?」
さっきから、ラン様を、こいつ呼ばわり! まあ、今はイサックに見えてしまうから、あれだけれど。
前の私なら激怒よ! 一週間の自宅謹慎よ!
そんな事を思っていたら、いつの間にかイサックの手には、描きかけの漫画が。
「そ、それは!」
「…………」
ペラペラとめくっていくけど、その度に、イサックの眉間に皺が。まあ、ボーイズラブだからね、それ。しかも自分と良く似た男が男とイチャイチャしているからね。
こ、これは、今度こそ……。
「き、気持ち、悪い、よね?」
「このような、趣味も?」
「は、はい」
「そうですか。何となく、分かってきました。シャンリ様の、策略が」
「はい? 策略?」
突然、なんの話だ? 漫画見て、どうして策略が分かるの? どこか、苦しそうな眼をする、イサック。何故?
「断っているのでしょう? 俺の求婚を、遠回しに。アニメと漫画を見せて、諦めろ、と。俺には、興味無いですか」
「は? ちょ、何のこと? 私は、ただ、イサックがどう思うか、知りたくて」
「知りたい? 何を? この部屋を俺に見せて、何が分かるのですか。他の部屋と、何か違いでも、ありますか」
いや、違いだらけだろう! とは、言えない雰囲気だ。な、何故怒っているの?
一歩、一歩と、少し不機嫌なイサックが、ゆっくりと、近づいてくる。何故だろう、恐怖を感じる。
「私は、ただ、知ってほしくて!」
「アニメや漫画に夢中だから、俺とは結婚出来ないと? では、いつなら、良いのですか? 俺は、今まで、待ちました。ずっと、貴女だけを、見てきた……好き、なんです、シャンリ様……」
かっ! と頬が熱くなる。な、何事!? どうしてこうなった! 近づいてくるイサックに後退しながらも、片手で熱い頬を冷まそうとする。
面と向かって、そんな台詞、恥ずかしい!
「あの、違うの! イサック、誤解よ!」
「……何が、ですか」
一応、聞く気はあるらしい。
「あの、この部屋、気持ち悪いと、思うかなって。ほら、私は、一生、たぶん、このままだから」
「……気持ち悪いから、諦めろ、と?」
「ん? いや、ちが、違うの! イサックは、その、受け入れて、くれるかなって。試した訳じゃないのよ! ただ、気持ち悪いと、思うなら、けっ、結婚は、諦めるしかないな、と」
これが、私なのだから。変えることも、妥協することも、出来ない。
「気持ち悪い? 先程から、ずっと仰ってますが、シャンリ様に関して、気持ち悪いなどと、思ったことはありません」
「ほ、本当かしら?」
信じたい。凄く信じたいが、機嫌が直ったらしいイサックが、今も近づいてくる。不安な感情を、抱く。
もう、随分と近い。私の踵は、既に扉だ。追い詰められた。
「本当です。俺は、シャンリ様には、嘘をつきません」
「そ、そう」
一歩、イサックは、更に距離を詰めた。反射的に足を引くが、やはり扉が邪魔で、これ以上は、無理そうだ。
その距離、僅か数センチ。
あんなことを言われたばかりだ、何もされてないが、鼓動が早まる。
「気持ち悪くないです。これから先も、ずっと、こういった趣味でもなんでも、続けてもらって構いません」
「そ、そう、あ、ああありがとう」
なるほど、イサックは特殊なのね。
まあ、私に求婚をするくらいだ、多少なりとも変わっていると思っていたけれど、そう……平気なのね。
自分と同じ顔のボーイズラブ漫画を読んでも……嫌悪とかないのね。普通──じゃないわ。
意外と変人? イサックって、ヤバイ人なのかしら。
「……ということは、俺の求婚を、受けてくださる……という事ですよね?」
「え?」
そんなこと、言ったっけ? そうなるの? 言ったっけ?
イサックは興奮しているのか、聞き取れない声で何やら呟いている。
「では、これを。実は、もう、用意していまして」
近すぎる距離で、何か手に持っている。とても大切そうに、両手に包んでいる。
イサックの喉仏が小さく上下した後、両手を広げた。それを、私に向けて、差し出す。
いや、距離考えようよ! それは、私の胸元すれすれに差し出された。ほぼ真下を見る形で、私は、それを眺める。
「ゆ、びわ、かな?」
それは、七色に光輝く、大きなダイヤモンドの乗った、綺麗な指輪。あれだろうか、給料三ヶ月分の?
これは、再びのプロポーズなのか? それとも、結婚確定なのだろうか?
私はただ、カミングアウトしたかっただけなのに。本当に、どうして、こうなった。
まったく、上手くいかないな。
最初のコメントを投稿しよう!