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厚い雲が月さえも覆い隠し、まさに逃げるには好都合、これぞ神の思し召しと、竹蔵とカヨは手に手を取って夜道を走った。足音を立てぬよう、吐息さえも漏らさぬよう、静かに走った。
2人が足を止めたのは村外れにある寂れた神社の前だった。
「本当にあるのかしら」
「あるはずだ。実際使った人もいると聞いた事がある」
竹蔵は朽ちかけたお社の扉を音がしないようにと慎重に開け始めた。
「待ちなさい」
竹蔵の手が止まった。
ここへ来るまで誰とも会わなかったし、誰にも気付かれないように十分注意を払ってやって来た。しかし見つかってしまった。
この声には聞き覚えがある。
「猿婆……」
猿婆は深く刻まれたシワを歪ませ、竹蔵とカヨを睨みつけていた。
「いかん。駄目だ」
竹蔵の後ろで震えていたカヨが目を潤ませていた。今カヨを救えるのは自分しかいない、そう思った竹蔵は老婆に言い返すのだった。
「カヨは明日には売られてしまうんだ。何処へ連れて行かれるのか、何をさせられるのか分からない。だが絶対に良くない所だ。だから俺がカヨを連れて逃げる。分かるだろ」
今年は日照り続きだった。やっと暑さが引いてきたと思ったら大雨が来た。カヨの家の田んぼも畑もほぼ全滅だった。今年は年貢は納められそうに無い。家族が食べる分も無い。そうなればもう娘を売るしか無かった。
しかしカヨと竹蔵は将来を約束していた。竹蔵はカヨが売られるなんて我慢がならなかった。それならいっその事2人で駆け落ちをしようと、今夜家族が寝静まったのを見計らい家を出て来た。
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