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猿婆はよぼよぼと神社に向かって進んだ。神がいるとは思えないような朽ちた社に深々とお辞儀をし、そっと扉を開けた。
社の中には胡桃ほどの大きさの石が祀られていた。
「これが欲しいのだろう」
猿婆は石に手を合わせながら言った。
「この石を持って龍ヶ淵に飛び込めば、誰にも決して見つからない場所に行ける。
ーーそうさのう、わしがこの石を守るようになって何年経つかのう。
わしの両親もこの石を持って居なくなってしまったのだ。まだわしが五つの時だ。やっぱり今年みたいな飢饉の年だった。
年貢が払えなければ母を差し出せと言われ、わしら家族はこの石を持って龍ヶ淵から飛び込む事にした。だが万が一、ただ溺れ死ぬだけだとしたら子どもが可哀想と、わしだけ岸に残して両親は飛び込んだ。
残されても地獄だったよ。村人からは虐められ、こんな村外れに1人で住む羽目になった。子どもながら頑張って生き抜いた。
いつしかわしはこの社の守りをするようになった。不思議な事に両親が持って行ったはずの石がきちんと社の中に戻って来ていた。きっと両親は安全な場所に逃げられたんだろうと思っている。
そんな噂を知ってか何人かの村人が石を持って龍ヶ淵に飛び込んだもんさ。そのたびにきちんと石は戻って来る。全く不思議な石だ。
しかし飛び込んだ人間は誰一人戻っては来ない。探しても見つからない。
龍ヶ淵は別名龍の口とも云ってな。龍ヶ淵は龍の住処につながっていてこの世とは別の世界への入口だと言う人もいる。
龍の住処がどんな所かは行った者にしか分からん。人間の住める所なのか、龍に食われて終わりなのか、行ってみなければ分からない。
それでも行きたいか?」
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