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「亜利馬!」
午後二時。三時間で借りていた撮影スタジオからインヘル本社のビルへ戻ると、先輩モデルの獅琉と五階の廊下でばったり鉢合わせした。俺がこの世界に入って初めて仲良くなった人。優しくて面倒見の良い二十一歳の獅琉は、その美貌に加えて性に対するおおらかさから、現在インヘルでもトップモデルの一人として活躍している。
「獅琉さん! お疲れ様です、これから撮影ですか?」
「俺は写真撮影だけだったから、今日は終わり。亜利馬は?」
「俺も終わりです。荷物だけ取りに戻って来ました」
「ナイスタイミングだね、一緒にどっか寄って帰ろうよ。お腹空いてるでしょ」
本番の絡み撮影がある日は食事を抜いているから、獅琉の言う通りさっきから腹が鳴りっぱなしだ。俺のような「ウケ役」の場合、撮影が終わってまずすることといえば大抵食事になる。
獅琉はその辺りの事情をもちろん心得ているから、こうして飯に誘ってくれるのだ。優しい先輩。俺は彼の人柄が大好きだった。
「亜利馬、だいぶ慣れてきたんじゃない? 初めの頃は鼻血ばっか出してたけど」
「今でもたまに出そうになります。慣れてきたとは思いますけど、だからって、上手くなったかどうかは……」
寮として借りているマンションと会社のビルの、ちょうど中間地点にあるファミレス。インヘルの社員や他のモデルもよく利用しているらしく、見渡せば何となく知っている顔がちらほらいる。
ファミレスにしてはメニューが豊富でデザートの種類も多く、甘党の獅琉は学生時代からここに通っているとのことだ。俺の田舎にはこんな洒落たファミレスなんて無い。ファミレスどころかコンビニさえも自転車必須だったと、つい四、五か月前を思い出す。
「上手くなってるっていうか、亜利馬はその自然な感じが良いと思うよ。元気で今どきの男の子って感じ。素っ裸で駆け回ってるイメージっていうか」
「完全に野生児じゃないですか」
「で、結局恥ずかしがってるところもいいしね」
「……そりゃ、まだ恥ずかしいですよ」
目の前でストロベリーパフェを食べている獅琉は、俺と同じ齢の時にデビューして今年で三年目。リリースしているDVDの数も多く、ファンからのプレゼントも多い。普段の獅琉はタチらしいけどモデルとしてはタチウケ両方やっていて、どっちの獅琉もそれぞれ違った魅力があるのがまた凄い。多分、今のインヘルで一番売れているのは獅琉なんじゃないかと思う。
「亜利馬は絡みより、『ブレイズ』で騒いでる動画が好きなんだもんね」
ブレイズ──。そう。それが俺の所属しているグループ。俺と獅琉の他にあと三人、計五人のモデルから結成されたブレイズは、メーカー側が「AVモデルを起用したアイドルみたいなもの」を作ろうと企画して最近できたばかりのグループだった。AVに対するマイナスイメージを少しでも払拭させ、男女問わず新規のファンを取り込み、結果として売上げを出すためだ。
もちろん歌って踊ったりはしないものの、月に二回の動画配信や突発的なライブ配信、ブレイズメンバーだけのDVDのリリースも行なっていて、今後は写真集を出したり小さな会場を使ってファンイベントなども行う予定だとか。
リーダーの獅琉を筆頭に他の三人もイケメン揃いで、何故かそこに俺もいる。これだけは未だに理由が分からないのだけど……ともあれ結成されて約二か月、誕生日的にも一番年下ということで早くも「頭の悪い末っ子いじられキャラ」となってしまった俺なのだった。
「ブレイズの動画は楽しいです! エロいことしなくても視聴者さんに喜んでもらえるって、何か凄く嬉しいし……」
「動画のバラエティ感と、DVDの本気感のギャップが良いってよく聞くもんね」
「いっそのこと、動画だけに専念したいくらいですよ……」
今日も相手モデルの体液が鼻に入って噎せそうになったのを思い出し、俺はコーラのストローを啜りながら縮こまった。
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