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浮かぶ満月に、それを映し出す黒い波のスクリーン。
ちらほらと見える星が綺麗で、打ち寄せる波の音が耳に心地好い。
「何だか癒されます」
俺の呟きも波に消えて行くようだ。こんな風に五人揃って夏の夜を堪能できるなんて、本当に幸せだ。砂浜に座った俺と獅琉、竜介と寄り添う大雅、後処理も考えず裸足になって波を蹴っている潤歩。
全てが月光に照らされて輝いているようだった。
「ロマンチックだよねぇ。例えば恋人同士で、こうやってさ」
隣に座っていた獅琉が俺の肩を抱き寄せ、額にキスをして囁く。
「誰もいなかったら、このまま浜辺で……って気分になるよね」
「い、今はみんないますよ」
「じゃあキスだけにしとこ」
「ん──」
至近距離で感じる獅琉のいい匂いと柔らかい唇。潮風に波音、……確かにロマンチックだ。
「バカップル共、イチャついてんじゃねえぞ!」
波打ち際で潤歩が飛び跳ねている。その姿は暗くて真っ黒な影にしか見えず、何だかサルが跳ねているみたいでつい噴き出してしまった。
「……海は綺麗で、広くて、落ち着くけど」
「どうした、大雅?」
竜介の隣でぼんやりと海を見ていた大雅が、「ううん」と呟いてから言った。
「……怖くて暗くて不気味でもある」
「ああ、夜の海は確かにそうだな。一人で来ようという気にはなれないし、入ろうなんてもってのほかだ」
竜介が大雅と俺達の方へと顔を向け、続ける。
「俺の地元では、誰かが死ぬと海には入っちゃ行けないっていう風習があるんだ。魂が引っ張られちまうからな」
「……竜介さん。それ、怖い話ですか……?」
「いや、ただの地元話。海は全ての魂が還る場所だって言われてる。だから神聖視されるし、同時に畏れられているんだ」
海には神様がいて、魔物がいて、桃源郷があって、地獄にも繋がっている。実際、宇宙の謎と同じくらい海にも謎があるらしいし。クジラとかサメとか、あんなでっかい生き物がたくさんいると思うと、「凄い」と思う反面、やっぱり「怖い」気持ちにもなる。
「海に関する怪談は多いだろ。それほど海は恐怖の対象として題材にしやすいし、実際、人が多く亡くなる場所でもあるからな。俺のツレでそういうの見える奴がいるんだけど、そいつはお盆の時期には絶対海に近寄らないようにしているとかで……」
「お、お、おい! てめえら、人が楽しく遊んでんのに変な話してんじゃねえぞ!」
波を蹴っていた潤歩が慌てて俺達の方へと駆け寄ってきた。
「う、潤歩さん、足っ! 足に髪の毛がっ!」
「あ、あし──足っ? どぅああぁぁ──ッ!」
走る潤歩の足首にごっそりと絡み付いた長い髪──ではなく、海藻。暗いから見間違えただけなのに、大声を出して恥をかいたという潤歩の怒りが徹底的に俺に向けられた。
「てめえ亜利馬っ! ざけんじゃねえぞコラァッ!」
「ぶはっ」
足首から引き剥がした海藻が、俺の顔面に思い切り叩きつけられた。
「うわ、ぬるぬるしてる……! そんな怒らなくたっていいじゃないですか潤歩さん……」
「あ、亜利馬」
「亜利馬……」
「え?」
顔に付着した海藻を両手の指で摘まんで見る、と……
「これ髪だ……」
「っ……!」
ロマンチックだとか、お月様が綺麗ですとか、波音は命の音だねとか、そんなものもう関係ない。どうでもいい。リーダーだろうが兄貴だろうが先輩だろうが可愛かろうが、俺達は互いを見捨てて弾かれたようにその場から立ち上がり、無言のまま上の道へ続く階段に向かいダッシュした。
「ちょ、ちょっと待ってください! お願いだから待ってぇ!」
足が遅いのと恐怖で腰が抜けかけている俺を置いて、四人が我先にと階段を上がって行く。誰も振り返ってくれない……俺達の絆は。ブレイズの魂は。
「待ってくださいってばぁ! 冗談抜きで! し、獅琉さん竜介さんっ! 大雅あぁ!」
ふらふらの酔っ払いの足取りで階段の手すりを握り、半ば四足歩行で石階段を上る。
「そ、その上り方怖いからやめて、亜利馬!」
「化け猫に取り憑かれてるぞ、お前!」
「や、やめてぇ!」
潤歩の叫びと自分が取っている体勢が怖くて、俺は四つん這いのまま猛然と階段を駆け上がった。そのせいで更に四人を怯えさせてしまったらしく、その後も置き去りにされそうになるし誰も話しかけてくれないし、ロッジの前で調理用の塩を振られるしで散々だった。
……どうしてこう、みんなで泊まりに来ると怖い目に遭ってしまうんだろう。
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