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目が合うと、拓真は軽く会釈をした。私も、おずおずと会釈を返した。
「飲み足りなかったんですか」
ホームを、低い声が走ってくる。ぎょっとして、彼のほうを見た。
拓真は、じっと私の手元を見ていた。私の手からぶら下がっている、コンビニの袋を。
「えっ。あっ、ああ、これは」
思わず袋を手で覆い隠す。それでも、500mlの缶ビール二本は隠しきれなかった。
「酒、なんか薄かったですもんね」
拓真が、フォローするかのようにそう言う。
「は、はい。そう。そうなんです」
「俺もなんか買ってくりゃよかった」
「あ。じゃあ、もしよかったら」
言いながら私は、袋からビールを一本取り出した。手渡せる範囲まで彼に近付いて、ビールを差し出す。
拓真は目をまるくした。
「あ、いえ。そんなつもりで言ったんじゃ」
「いえ、どのみち今日は二本も飲めないんで」
「……じゃあなんで買ったんですか?」
「ええっと。なんとなく、予備で」
「予備」
すると、拓真は肩を揺らした。予備、ビールの予備って、と、ツボに入ったように笑った。
笑うと、意外に幼くてかわいい。この笑顔を前にして恋に落ちないのは、初見で陸蓮根を読むより難しいのではないだろうか。
兎にも角にもまんまと恋に落ちた私は、「俺んちで飲み直しませんか」の常套句にまんまと乗り、酔った勢いでされたキスでまんまと脚を開いた。
初めて会った人とそんなことをしてしまうのは初めてで、翌朝彼のベッドの中ですぐに「一夜限り その後 対応」で検索をした。何事もなかったかのように接するとか次はふつうのデートをしてみるとか、最初から知り合いだったり連絡先を知らないと話にならないようなアドバイスばかりで、くうくうと健やかに眠る拓真のとなりで一人頭を抱えた。
幸いその日のうちに連絡先を交換できて、なんとか二回、三回とデートにこぎつけた。付き合っているのかどうか、確認をしたことはなかったけれど、ある時ばったり出会した拓真の同僚に「彼女」と紹介された時は泣きそうになるほどうれしかった。
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