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今日は朝から調子が悪かった。寝坊はするし朝食の準備はもたつくし、挙げ句の果てにはサボテンのサボ子に行ってきますの挨拶を忘れる始末。
そんな日だから、となりの席の後輩に愛想笑いしか返せないのも致し方ないわけであって。
「見てくださいよ、葵先輩。この絵、すっごくかわいくないですか?」
塔子ちゃんが見せつけてきたスマートフォンの画面を覗く。そこには、男女が夕陽をバックに抱き合っている絵が映っていた。
「きれいな絵だね」
「ですよねっ」
「塔子ちゃんが描いたの?」
「そんなわけないじゃないですかあ。イラストレーターさんの絵ですよ。インスタで大人気の」
「へえ」
興味がないわけではない。いつもの私なら、アカウントを訊ねたり違う絵も見せてもらったり、もう少し話を広げようとする。
頭が痛いのだ。塔子ちゃんの綿菓子のような声も煩わしいと感じてしまうほど。薬はもちろん飲んだけれど、効いている感じがまったくしない。
残務を思い浮かべる。大丈夫。明日に回しても納期には間に合う。塔子ちゃんに断ってから、私は席を立った。
マネージャーの元へ向かうと、先客がいた。近付いていくと、会話の内容が聞こえてくる。
「吐き気がひどいので早退してもよろしいでしょうか?」
「そうか。帰ってゆっくり休め」
「ただ、今日納期の資料作成が残っていて……」
ばちり。マネージャーと目が合う。
しまった。先越された。
「佐久間、悪いが引き継いでもらっても大丈夫か?」
頭痛<吐き気。
「はい。大丈夫です」
私は笑顔で頷いた。
定時を少し越えて退社した。期限の迫った仕事を必死でこなしたおかげか、頭痛は少し治まっていた。
バッグからスマートフォンを取り出す。私は拓真の番号を表示させた。
拓真に会うのは二週間ぶりだ。お互い仕事が忙しくて、なかなか会う時間が取れなかった。頭痛がしてきた時は、どうしてよりによって今日なんだと、本当に泣きそうになった。
電話をかけようとしたら着信した。拓真の名前が表示されていて、私は意気揚々と応答した。
「はい、もしもし」
『おう、お疲れ』
「お疲れさま。拓真、今どの辺?」
『それがさ、悪いんだけど』
出だしで用件の察しがつく。もっと言えば、最初の「おう」のトーンで、今日はもう会えないんだと察した。
『じつは、沙耶がまたいつものあれで』
やっぱり。私は透明のため息をついた。
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