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おまけ①【怨念】
遊郭という場所があった。
そこでは、女性はその身を売って生きるしかなかった。
今となっては不純なものとして見られてしまうかもしれないが、女性というものは、生き難い世界でも逞しく生き抜くのだ。
「萩はぎ悠ゆうちゃん、大丈夫?」
「こほっ、大丈夫です」
「無理しないでね」
女性達の中には、もともと身体の弱いものもいて、そんな女性にはなかなか客がつくこともなかった。
女性たちは、生きる為に必死になって男を誘い、自分を買うようにアピールする。
気に入った女性がいれば、男は指名する。
数回通った後、女性は男に抱かれる。
そのまま気に入られれば、男のもとに嫁ぐこともあったが、男の大半は別の女性に目が眩み、そこまで行くことは難しい。
また、男からしてみれば、欲望を満たす為だけの道具として、女性の気持ちなど考えず、痛いと泣こうが喚こうが、行為を止めない者もいる。
それだけではなく、欲望といっても女性の身体目当てということではなく、歪んだ愛情、身体を痛めつけることを目的とした男も少なからずいた。
気に入った女性を何度か指名したとしても、一度でも自分を拒否したり、顔や身体に傷をつけようものなら斬り捨てる、といった横暴もあったのだが、それを咎められることはほとんどなかった。
弱肉強食、男が強く女が弱い時代、それはごく当たり前の日常だった。
「この前、結名ゆいなちゃんが嫁いだ家、盗人に狙われたんでしょ?無事なのかしら」
「結名ちゃん、あの人のこと怖がっていたけど、大丈夫なのかしら」
「舞姫ちゃんも、良い値で買われたらしいけど、幸せにやってるのかしらね」
「男の人って嫌い。どうしてあんなに力付くなのかしら。手加減も何もしないんだもの。本当に嫌」
「そんなこと言わないの。女将に聞かれたら大変よ。それに、その男の人の出してくれるお金のお陰で、私達は生きていけてるんだから」
「そうだけど・・・」
女性達が話していると、女将が部屋に入ってきた。
客として来た男から指名があったらしく、1人の女性が呼ばれて部屋を出ていく。
女性は男が待っている部屋の前で一度身なりを整えると、静かに襖を開け、深深と頭を下げて挨拶をする。
「都みやこ耳じと申します」
続きの言葉を述べようとしたのだが、その前に男が近づいてきて、急に都耳の身体を押し倒した。
いきなりのことで驚いてしまった都耳は、思わず男を拒み、その頬を叩いてしまった。
すぐに我に戻った都耳はその場で謝罪したのだが、男は都耳の髪の毛を強く引っ張り、自分が叩かれたよりももっと強く、もっと多く、都耳を殴りつける。
顔が腫れても口や鼻から血が出てきてもお構いなしに殴っていた男は、都耳が動かなくなってしまったことに気付いた。
「おい・・・おい!!」
男は都耳の身体を床に投げつけると、女将に大金を支払って口止めしてもらい、その場を後にする。
女将は槍手の女性を呼びつけると、すでに意識のない都耳の身体を運びだし、近くに川に投げ捨てた。
翌日見つかったその遺体は、なんとも言えないほど痛ましいもので、顔の骨も折れていたそうだ。
「そんな・・・どうして・・・」
「都耳を殺したのは、きっとあの日指名してきた男よ」
「女将も同罪よ。男を奉行所に突き出すことをしなかったんだから」
狭い部屋で口々に出る都耳に関する話をききながら、そっと部屋を出る者がいた。
その女性は、唇を噛みしめていた。
それから少しして、女性に指名が入る。
「鶴見つるみ、指名だよ」
鶴見が部屋に入ると、そこにいる男は鶴見を見てゴクリと生唾を飲み、挨拶をする間もなくすぐに鶴見の身体に抱きついてきた。
「可愛い顔をしているな。鶴見とか言ったか。こんなことなら、もっと早く指名しておくんだったよ」
「他の女を指名していたでんでありんすか?」
「ははは、少し前に美人がいると聞いてな。確か・・・み、都・・・なんとかといったか。確かに美人だったが、気の強い女だったな。顔に傷をつけられたんだ。酷いと思わないか?」
「そうでありんすねぇ」
「お前は本当に細くて弱そうで可愛いなぁ。たっぷり可愛がってやるからなぁ」
「・・・弱そうで可愛い、でありんすか」
男がのしかかってくると、抗う事もせずに大人しく背中を床につける。
首筋に気持ち悪い感覚が襲うが、鶴見は微動だにしなかった。
男はどんどん勝手に行為を進めていくと、声ひとつあげない鶴見に気付き、耳元に口を近づけて荒げた呼吸で言葉を囁く。
「我慢しなくていいんだぞ。お前の可愛い声を聞かせておくれ」
「・・・・・・」
「鶴見、お前はなんて可愛いんだ。まるで人形のようだ」
「・・・人形でありんすか」
鶴見は男の胸に手をあてると、そっと押し返す。
男は眉間にシワを寄せて鶴見を見るが、鶴見はにっこりと微笑みながら、男性の胸をそっとなぞる。
それに満足したのか、男はゆっくりと手を鶴見の身体の下のほうへと動かしてくと、鶴見は頬を赤らめる。
男は自身の身体を鶴見の下半身の方へと動かして行くと、そこに顔を埋めようとした。
そのとき、がしっと鶴見の太ももによって顔を挟まれてしまった。
「鶴見、恥ずかしいのか?」
「・・・わっちは、人形ではありんせん」
「ん?なんだ、さっきのことか。人形のように可愛いということだよ」
「わっちらは、人形ではありんせん」
「鶴見?」
次の瞬間、鶴見は部屋に置いてある大きな灰皿で男の頭を殴った。
男の頭に直撃したことを確認すると、鶴見は太ももから男を解放し、自分の頭を両手で覆いながらのたうち回る男の背後から、もう一発殴りつける。
男の悲鳴に気付いた女将が部屋にくると、男に向けて灰皿を振りあげている鶴見を見つけ、女将は後ろからはがいじめにする。
他の者も駆けつけると、男はすぐに医者のもとへと連れていかれ、鶴見はお仕置き部屋へと入れられることになった。
男は鶴見を殺せと言っていたのだが、鶴見はその時は男のしたことを奉行所に告げると叫んでいたため、一日一杯の水だけという生活が1カ月ほど強いられるお仕置きとなった。
しかし、その前に鶴見は結核にかかってしまい、さらに離れた馬小屋のような場所で生活することになった。
「ごほごほっ」
夜中、鶴見は咳が酷かったため寝床から起きてみると、外が騒がしいことに気付いた。
戸を開けて外に出てみると、姉さんたちが寝泊まりしている家が燃えていた。
轟々と燃えている炎は留まる事を知らず、次々に燃え広がり、建物だけでなく人々も呑みこんでいく。
「みんな・・・っ。胡蝶姉さん!!冬松姉さん!!蘭美姉さん!!滴姉さん!!薫子姉さん!!柊ちゃん!!巴ちゃん・・・っ!!あっ・・・あああああ・・・ああああああッッッ!!!!!」
放火されたその建物からは、複数人の焦げた死体が見つかった。
放火したのはあの男だろう。
きっと、鶴見に復讐するために火を放ったのだろうが、皮肉なことに、鶴見だけが助かってしまった。
残された鶴見は、その名を捨てて生きていくことにした。
「赦さない」
復讐に灯る、美しい蛾。
無念の死を遂げた女性たちの怨念は、彼女とともに生きていく。
その怨念が、彼女を強く、逞しくする。
「赦さない」
一体何を恨んでいたのかさえ忘れてしまったとしても、彼女は、彼女たちは永遠にこの世界に漂うことになるのだ。
それが、彼女たちが生きていた証。
「赦さない」
そして、それは魂の声となって、誰かの耳に届く日がやってくる。
「五月蠅い。いつまで恨んでいる心算だ」
その声を聞いた者が、魂を救うとしても救わないとしても、怨念が届いただけで安堵し、彼女たちは涙を流す。
一生報われないと思っていた想いが、何十年後、年百年後、それ以上の時を経たとしても、いつか聞いてくれる者がいるなら。
「あんた、誰?」
「俺は雅楽。お前は今とり憑かれている。それを封印する」
男を見て、女性は涙を流した。
「ようやく、解放されるのね」
「こんな辛い想い、早く忘れてしまいたかった・・・」
そう言って、怨念というおぞましい自己の闇から解放されるのだ。
「ありがとう」
最期の言葉を残して・・・。
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