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結
綾ちゃんの言うことは凡そ正しかった。
将ちゃんは私との再会以来、幼少期のトラウマが悪夢となって蘇っている。でもそれは決して私が悪いわけではないのだから避けるのは悪いと我慢して私と会っていた。けれども、最近では体にも影響を出るようになってしまい、病院通いするようになっていたらしい。
将ちゃんが体調崩してたなんて、全然気づかなかった。
その原因が私であることも。
だって、将ちゃんはいつも笑顔で迎えていてくれたから。
「……私、迷惑だった?」
「そんな風に思ったことはない」
「でも、辛いと思ったことはあるんでしょ?」
「……あの頃を思い出してしまうという意味では、ある。でも、お前という存在を迷惑だと思ったことはない」
「そっ、かあ……」
唯香さんは施設で出会った人で、今まで守る側だった将ちゃんを、守らせる側に置いた女性。強く、逞しく、それでいて女性らしい優しい唯香さんに、将ちゃんは段々と惚れて行き、数度の玉砕の末、ようやく婚約に漕ぎつけたのだそうだ。
将ちゃんは私の思った以上に大変な人生を歩んでいた。だから、なんだかんだ言ってお気楽に人生を歩んでいる私を羨ましく思い、時には憎らしく思ったこともあるらしい。
嫌われてはいない。けど、好きになることはない。将ちゃんの言葉からは、その思いがひしひしと伝わってくる。
一か所に留まることはせず、最後に会ったあの夕方の様に当てもなく歩き、疲れたら自販機で飲み物を買って、ベンチで休み、思い出したように歩き始め、また休む。沈黙の方が多かったけど、いろんな話をした。
いつの間にか、東の空には朝日が昇り始めていた。
地平線は赤く染まっている。小川の流れる橋の上。他に誰もいない。私と将ちゃんの二人だけ。
あの時と同じシチュエーションだというのに、昔と今は何もかもが違う。
「将ちゃん。私、将ちゃんが好きなんだ」
「俺も、美月のことが好きだった」
だった。
将ちゃんが好きなのは……違う、愛しているのは、私じゃない、別の女性。
もし、あの時愚図らずに最後まで一緒に居たら、将ちゃんの隣に居れたのだろうか。
あの頃に戻れたら。あの夕日の時間が続いていたら。
しかし、夕日は沈み、朝日は昇るもの。
「止まっていれば、朝日なのか夕日なのかわからないのにね」
将ちゃんは何も言わない。
ただ、泣きそうになりながら笑う私を抱き締めてくれた。
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