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承
どこに行ったのかはわからない。誰に聞いても知らないと言うし、隣家も空き家になっていた。
私が幾ら泣いても、将ちゃんはもう来てくれない。将ちゃんがもういないのだと自覚したけれど、私は将ちゃんに会いたかった。せめて元気なのかどうかだけでも知りたい……いや、やっぱり、将ちゃんに会いたかった。会いたくて会いたくて仕方が無かった。
そんな私の直向きな願いを、神様は聞き届けてくれたのだろう。
十二年後の大学三年の春に、私は将ちゃんと再会した。
「もしかして、片山美月さん?」
「……そうですけど、誰ですか?」
「ああ、そうよね。もう十年近く前のことだもの、覚えてないわよね」
「母さん、お待たせ。……美月!?」
「……もしかして、将ちゃん?!」
再会は全くの偶然。ダイエットの為に手前の駅で降りて歩こうと思っていた私に、駅構内の喫茶店の前いた老婦人が声を掛けてきた。勿論見覚えは無く、なにかしらの勧誘かと警戒したけど、老婦人の背後から現れた長身の男性。それが将ちゃんだった。
吊り上がった生意気そうな瞳は切れ長の涼やかな視線を放ち、やんちゃな雰囲気はなりをひそめ逞しい体つきの男性に成長し、お洒落な喫茶店の店員服に身を包んでいためちゃくちゃ恰好いいイケメン。
初めは誰かわからなかったけど、将ちゃんは一目見て私だとわかったようで、目を丸くしていた。
覚えが無かった老婦人は将ちゃんのお母さんだったのだ。
喫茶店で、将ちゃんのお母さんから当時の話を教えてもらった。
将ちゃんのお父さんはリストラされて酒に走り、将ちゃんたちに暴力を振るうようになった。うちはそんな母子を庇い、時には匿ったりしてあげたらしく、将ちゃんたち兄妹が家によく来ていたのはそういう訳があったらしい。
そんなんだから生活もままならなくなり、将ちゃんのお母さんはお父さんと離婚して、実家に帰ることになった。だけど家庭の事情で将ちゃんだけは一時的に施設に預けられることになって、それが嫌で、将ちゃんは家出しようとしたらしい。私を連れて。
しかし私が愚図った所為で失敗。真っ暗になってから家に帰った私たちは沢山怒られ、他人の家の女の子を連れ出した将ちゃんの施設送りは早まり、恩を仇で返したたと将ちゃんのお母さんは周りから批難されて逃げるように家を出たらしい。
そんなことがあったとは知らず、将ちゃんが家に来てくれて大喜びし、いなくなったことで周りの大人を恨んでいた私は本当に大馬鹿者だ。
将ちゃんのお母さんは私にずっと謝りたくて覚えていたらしい。
それでも私が私だとよくわかりましたね、と尋ねると、「昔のまんまだからね」と笑っていた。将ちゃんにも聞いたら、「何も変わってないからな」と苦笑していた。
沢山謝られたけど、もともと気にしていないし、逆に将ちゃんと再会させてくれたことに感謝しかなかった。
そんな感じで、大好きな幼馴染と再会した私は昔の親交を取り戻すべく……いや、あわよくばそれ以上の関係になれればと思い、店に通うようになった。
「また来たのか、お前」
「いいじゃん。親交を深めようよ~」
「親交ね。というかお前、もう成人迎えたんだから、もう少し大人っぽい格好できないのか?」
「子供っぽくて悪かったわね。こういうのが好きなんだもん」
「だもん、て……お前なぁ。来年には大学卒業だろ? いつまでも子供のままじゃ社会に出たら大変だぞ」
「この没個性の時代に、個性は大切でしょ~?」
「ああ言えばこう言う……。TPOや空気読むことを覚えろって言ってるんだ、俺は」
「余計なお世話です~」
「全く……手がかかるのはあの頃と変わらないな」
カウンターに腰掛け、あの頃は出来なかった軽快なトークを交わす。
「ねえ、将ちゃん。お店終わったらご飯食べに行かない?」
「悪いけど、俺は忙しいの。お前みたいに気楽な学生とは違うんだよ」
「気楽とは失礼な。私だってレポートとか卒論とかで忙しいんだよ?」
「じゃあうちに来てないで勉強しろよな」
「いいじゃん! お客様は大事にしなよ~」
「へいへい。オーダー取ってくるから、忙しいなら長居せずに帰れよ」
将ちゃんはおざなりに返事をしながらも、私の頭をぽんぽんと叩いてを離れた。イケメンな将ちゃんはやっぱり人気があるようで、店には明らかに彼を目的とした女性が多い。そんな中で、彼の幼馴染であるという優越感に私は浸っていた。
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