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 彼の店に通い始めて、一カ月が経った頃。   夜に喫茶店を訪れると、その前で高校生の女の子に呼び止められた。気の強そうな女の子だった。 「片山美月……さんですか?」 「そうだけど……」 「あたし、将也の妹の綾です」 「……綾ちゃん? うっそー! なっつかしい! 元気だった?」 「はい。片山さんもお変わりないようで」  綾ちゃんとは一緒にお風呂に入った仲だ。再会を喜ぶ私とは裏腹に、綾ちゃんは固い態度を崩さず、真っすぐ私を見つめて言った。   「単刀直入に言わせていただきます。兄にもう近付かないでください」 「……え?」  固まる私に、綾ちゃんは浴びせるように言う。  将ちゃんにとって私は辛い過去の記憶の一部であること。  私がいることで、将ちゃんは楽しかった幼児期と父親に受けた辛い子供を照らし合わせてしまい、辛い過去を思い出してしまう。更には私を連れ出して周りから批難されたトラウマが蘇ってしまう。店で私と会った日は、いつも泣いているのだと。綾ちゃんの目は泣きそうになりながら私を睨んでいた。 「お兄ちゃんはようやく幸せになれるところなんです。そこにあなたみたいな過去の存在が出てこられても迷惑なんです! もう二度と、お兄ちゃんの前に現れないでください!!」 「綾!」  怒鳴り声に同時に振り返ると、そこには将ちゃんがいた。 「将ちゃ」  呼びかけようとして、声が詰まった。将ちゃんが死人のような青い顔をしていたからもあるけど、隣に、とても綺麗な女の人がいた。ぱりっとしたスーツに身を包んだ清潔感のある女性は将ちゃんの体を支えるように寄り添っていた。 「唯香、悪いけど、綾と一緒に帰っていてくれないか」 「……うん、わかった。帰ろうか、綾ちゃん」 「でも!」 「大丈夫。じゃあ、将也」 「ああ。気を付けて帰れよ」  その短い会話と声色で、三人の親密性と信頼度が伝わった。唯香と言われた女性は私に向かってぺこりと頭を下げて、綾ちゃんを連れて立ち去って行った。 「……今の人は?」 「……俺の、婚約者」  血の気が一気に引くとはこのことだろう。三文字の言葉が頭を占めるけど、到底理解できなかった。  理解したくなかった。だって、将ちゃんとは、私が。 「歩きながら話そうか。ここでは周りの目が多すぎる」  将ちゃんは踵を返して歩き出した。初めて喫茶店以外で歩けるというのに、私はその隣に立つことは出来ず、大きく頼りげの無い背中に付いて行くことしかできなかった。
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