1/1
前へ
/4ページ
次へ

『泣くなよ、美月。オレがいるだろ』  子供の頃、大好きな幼馴染がいた。  吾妻将也。隣の家に住む、吊り上がった目が印象的な男の子。やんちゃ坊主という言葉がぴったりで、いつも沢山の友達を引き連れて遊ぶ元気な男の子だった。対して私は内気で、どんくさくて、知らない道を通るのも怖いと言っては泣く弱虫。 他の子供からすれば、将ちゃんが連れてくるから一緒に遊ぶけど、友達と呼べるかは微妙。ちょっと突かれただけでも泣く私は、スイッチを押せば動くおもちゃのような存在だったのだろう、よくイジメられた。  そんな時いつも将ちゃんは助けに来てくれた。私の泣き声が聞こえると走って来る彼はまるで日曜日の朝にやっている特撮ヒーローのような人。  将ちゃんは泣きじゃくる私の手を握ってくれて、夕暮れの迫る桟橋を、二人で並んで帰った。  将ちゃんは私にとってヒーローであり、初恋の人。  誰からも好かれて、太陽みたいに眩しい人だった。  けれど、私たちが小学校に入学してから、将ちゃんの家からは怒鳴り声が聞こえるようになって、将ちゃんは日に日に元気がなくなって行ったし、変な臭いがするようになった。そうすると沢山いた友達は将ちゃんに近付かなくなったし、大人たちも将ちゃんに近付かない方がいいなんて言い出すようになった。  家には将ちゃんと将ちゃんの妹が泊まりに来ることが多くなった。ご飯を食べたり、妹ちゃんとお風呂に入ったり、布団を並べて一緒に寝たりもした。  将ちゃんが家に来てくれるのが嬉しかった。流石に一緒のお風呂は恥ずかしくて無理だったけど。同じ屋根の下で暮らせるのが、本当に本当に嬉しかった。 『美月、キャンプに行こう』  そう言ってきたのは、小学三年生の夏。小さなリュックに荷物をぱんぱんに詰めた将ちゃんがうちにきて言った。妹ちゃんは幼稚園に行って不在。誰にも邪魔されず将ちゃんと二人でいられる。そう思った私は将ちゃんとキャンプに行くと書置きして、将ちゃんと二人で、手を繋いで出かけた。  でも、将ちゃんはキャンプ場に行かなかった。  隣町に向かう道を、ただひたすら歩いていた。お昼のチャイムを聞いて持ってきたおにぎりを分け合って食べて、また歩いて、疲れたら道端に座って休んで、おやつの時間になったらおやつを食べて。  まるで冒険のようでワクワクしていたけど、流石に夕方のチャイムが聞こえてくると不安になって将ちゃんにどこに行くのか聞いてみた。 『わかんない。ずっと遠く』   そう答えた将ちゃんの顔は夕日に染まって真っ赤で、瞳は私を見ないで遠くを見ていた。近くにいるのに遠くにいるような、私の知らない将ちゃんがそこにいた。もう家族に会えなくなるのではないかという思いと、将ちゃんであって将ちゃんじゃない存在が怖くなって、私は怖くなって橋の上で蹲って泣いてしまった。 『ごめん。やっぱり帰ろう』  将ちゃんは泣く私の手を取ってきた道を引き返した。いつもの将ちゃんの笑顔と家に帰れる安心感から、私は素直に歩いた。  西の山に沈む夕日を背に、橋の上を手を繋いで一緒に帰る。  物心ついた時から、ずっと繰り返してきた時間。  だけどこの日を最後に、将ちゃんは私の前からいなくなった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加