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金のためなのは大前提だとしても、いかに手間をかけて愛を取り繕えるかっていうのはお金を超えてその人間の資質みたいなもんにかかわっているのかもしれない。
ボーイとして働いているキャバクラで店長に呼び出されて、別に呼ばれる様な用事はなんも無くて、だからキャバ嬢に手を出したなんてアホな勘違いをされてるんじゃないかっていう心配で若干挙動不審になりながら顔を出した。
ニコニコとしている店長と入店3か月目のアオイがいて、心配が現実のものになってしまったのかと慌てる。
「よう。最近どうだ?」
何がだ。何について聞きたいんだ。店長の言葉が怖い。
「いや、別に普通っす。」
「そうか、忙しくはないんだな。」
ニヤリと笑われて嫌な予感がした。
「アオイなあ、最近売上がイマイチでなあ。
見ての通り見てくれは最上だし、愛想もいい。色気もある。
だけどなあ……。」
だけど、なんだ。ここでAVみたいに床の指導が入らないこと位、俺にも分かっている。
でもそれ以外何も浮かばない。
「営業が苦手なんだよなあ。」
「えー、面倒なんだもーん。」
溜息まじりの店長とそれを全く気にした様子の無いアオイのギャップに一瞬吹き出しそうになる。
「営業は夜業の基本ですよね。メールなりメッセージなりが出来ないって話ですか?それとも同伴?」
「同伴は美味しいもの食べれるし好きだよ。」
じゃあ、営業メールの話だろう。
それと自分とが全く結び付かないがどうしようもない。
「誰か別の娘に教えてもらうとか。」
「んなことできるかよ。どうせ足の引っ張り合いで碌な事にならないこと位、お前にも分かるだろうが。」
じゃあ、どうするんですかそう伝えようとしたところで「でだ。」と店長が切り出した。
「代わりにお前が営業メール打てや。」
「は?」
そんな話聞いたこと無い。
何を言っているんだこの人は、キャバ嬢が貰った名刺を印刷して備考を書き足すのとは訳が違うんだ。
「出会い系のサクラじゃあるまいし無理に決まってます。」
そもそも、席についた時に何を話してるのかなんてボーイが知る筈がないのだ。
それで何の話ができるっていうんだよ。
「えー、だってお前氷の交換とかよく気配り出来てるじゃんか。
お客様の事だってちゃんと良く覚えてるし。
皆感謝してるんだぞー。」
「それとこれとは話が違うじゃないですか。
例えば俺だって耳打ちされてる言葉が何かなんて分かんないっすよ!」
「は?お前馬鹿か、耳打ちしてる時のセリフなんて大体決まってるだろ。お前も男なんだから分かるだろ?」
店長は折れるつもりは無いらしい。
「えー、シュウ君やってくれるのー?よろしくー。」
ハイとアオイに渡されたのは仕事用のスマートフォンで「頼んだぞ。」と鬼気迫る顔で店長から言われてしまった。
端からNOという返事は聞き入れられないそんな雰囲気に諦めて頷いた。
◆
スマートフォンを預かって同伴どうするんだよと思ったが、そもそも食事とか店の近くでしかしないしと言われて店で受け渡す事になった。
アオイについている客について説明を本人からされるが、「この人が、ハゲでー、この人はデブ。この人は痩せててスーツのセンスが微妙。」といった具合で全く役に立たなかった。
仕方が無い。次に来た時に注意して観察するしかない。
とりあえず当たり障りのないメッセージをアプリから送信する。
こんな絵文字だらけ、ハートだらけで馬鹿みたいなメッセージは生まれて初めてだった。
間の伸びた馬鹿みたいな喋りを店の裏でビールのケースに腰をかけてひたすら打つ。
○○さんに早く会いたいよという事をただひたすら入力していると頭痛がしてきて思わず煙草をくわえた。
返ってくる返事も下心を隠しもしない上に【アオイちゃんにお店以外でも会いたいな、なんて
本気にしないでね
言ってみただけだし(;^_^A】という様な物ばかりで真面目にめんどくせーなとなる気持ちが分かる。そもそも絵文字のセンスが微妙に古臭くて客じゃなきゃそのまま既読スルーしているところだ。
そこはぐっとこらえて、アオイになりきって返事をする。
まあ、お客の男たちも相手が俺みたいな男で残念だろう。元々不毛なやり取りが、哀れなくらい不毛なやり取りになっている。
ここは心を無にして、アオイとしてメッセージを送り続けるしかない。
というか、案外騙されてしまうもんだなと思った。
その中で、そっけないもののメッセージを必ず返してくる男がいた。
アオイ曰く、どっかのシャチョーさんだと聞いた気がするとのことだが正直それが本当かどうか不安になって名刺を確認し直した。本当に社長だったので疑ったのは悪かったけど仕方が無いと思う。
下心がありありと見えるメッセージの中でそれは酷く異質で且つ会話を続けにくいものだった。
仕事の付き合いなりでキャバに来たのであれば、態々返事をマメにする必要はないのだ。見ないなり既読スルーなりしてしまえばいい。
それであっても店に来た客であればキャバ嬢たちはチヤホヤしてくれる。
それ以上の自己顕示欲なり下心なりがあって初めて営業メールのやり取りをする必要があるのに、この堺(さかい)という男からの返事はそのどちらにも見えなかった。
【さかいsanこの前お店に来てくれたときとっても優しくて、アオイ超うれしかった///
アオイさみしーから、さかいsanまたお店に来てください❤❤❤】
自分で打ってて薄ら寒い気持ちになる。
本物の若者言葉はおっさんたちには理解できないのでほとんど使えない。
りょーなんかの有名なやつは俺は知っていると自己申告してきたおっさんの為に【りょー❤】なんて形で送ったりもするが略したいからじゃなくて、若者言葉を知ってる若い俺を演出してやるためだ。
あくまでも雰囲気が大切なのだ。
それなのに、堺からの返信は大体において、拍子抜けするくらい簡素だ。
【そうですね
仕事が落ち着いたら一度部下を連れて遊びに行きます】
まるでビジネスメールだ。
いや、こっちは商売だからビジネスメールで正しいんだけど、そうじゃなくてなんでこんな仕事みたいなメールを客が出してくるのだろう。
この顔も知らない堺という男に興味を持ったのはそれが最初だった。
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