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母も出ていき、カーテンの中はぼくと祖母の二人だけ。
「おばあちゃん…」
──何か、何か話をしないと。
「あ、あのね…」
喉に言葉が詰まって出てこない。
会ったら話そうと思っていた話題も空気となって消えてゆく。
「あの………」
──泣くな。
泣いては駄目だ。
頼むから涙よ、出てこないでくれ。
辛いのは本人だ。
本人の前で泣くのは失礼だと思うから。
哀しませたくはない。
────笑え。
下手くそでもいいから、笑顔を作れ。
静かに深呼吸をして、口を開く。
「何を話そうかな…。あ、そうそう、小学生の頃母さんとおばあちゃんとぼくの三人で蓮祭りに行ったのを覚えている?」
普段通りを装って話し出す。
一言口にする度に喉が焼けるようだ。
──痛い。
心臓が、さっきまでとは違う痛みに暴れ出す。
それでもぼくは笑おう。
せめて話している間は、楽しかったあの頃に心が還ってゆくように。
「……それでさ、あの時食べたアイスクリームを覚えている? 珍しいアイスなのは覚えているんだけど──どんな味だったかはもう思い出せないんだよね」
あの日食べたアイスクリームの話をして、また違う話へと移る。
「あとさ、いつだったかな…出かけた先のお土産屋さんでぼくに蛇のキーホルダーを買ってくれたのは覚えてる? ぼくね、アレを今も大事に持っているんだよ。ほら、今日も持ってきたんだ」
ポケットから出したキーホルダーを手の上に載せる。
固く握られた手を解くことは出来ないから、せめて感触だけでも思い出して貰おうとする。
──一回だけ鳴らした鈴の音は、今も心に残っているだろうか。
話しているうちに、自然な笑顔になれた。
それでいい。
少しでも安心してほしいから、ぼくは笑おう。
ぼくの事は心配しないで。
そう伝わるように。
「分かるかな。このキーホルダー、お気に入りなんだ。あの時は、本当に嬉しかったよ。ありがとう」
そう言うと、少し開いた口から声が漏れた。
「あ……あ………」
「おばあちゃん?」
掠れた声は、何を伝えたかったのだろう。
それも、聞くことは出来ないから、ただ手を握っていた。
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