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「どうだった?」
戻って来た母が聞いてくる。
「……うん、蓮祭りの話をしていたんだ。何か言おうとしてたけど…」
「そう………。きっと、優に言いたい事があるんだね」
眉を下げる母に自分もトイレに行くと言い、廊下へと出る。
トイレの個室へ入ると壁に寄りかかって上を向く。
両手で顔を押さえると、少しだけ手が濡れた。
不自然にならないように五分でトイレを出てまた病室へと戻る。
「あ、迷わなかった?」
「ああ、うん」
返事をしたとき、祖父が戻ってきた。
「……そろそろ帰るか」
「そうだね。あまり長くいるのもね…負担になると悪いからね」
荷物を取ると、祖母の手に載せたキーホルダーを返してもらい、強く手を握った。
「……おばあちゃん、またね」
熱くなる目元に力を入れて微笑む。
病院を出る前に振り返って、もう一度祖母を見つめる。
「っ……」
閉じたままの祖母の目尻から透明な雫が一滴だけ頬を伝っていく。
閉まっていくドアの向こうに見えたそれは、ぼくの幻だったのだろうか。
消えた視界の向こうを確かめることは躊躇われた。
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