第二話 痛むのは

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祖父に家まで送ってもらい、玄関口で手を振る。 「優? 入らないの?」 「……うん。先に入ってて。ぼく、少し散歩してくるから」 「そう。行ってらっしゃい」 さっさと家の中へと入って行く母とは別に、ぼくは歩き出す。 少し空気が冷たくなってきた気がする。 日が暮れてきたせいだろう。 肌寒いのが暑い病室の中でパーカーを脱いだせいだということを、ポケットのキーホルダーを触って思い出した。 腰に巻いていたパーカーを羽織(はお)ると、冷気が少しだけ減る。 ──十分ほど歩くと、目的地が見えてきた。 橋の下を流れる川をただ眺める。 「………優?」 ──どのくらい時間が経ったのだろうか。 呼ばれて、夕日が随分(ずいぶん)傾いていることに気づいた。 「……シロ、どうしてここに?」 「あ、あっちに新しくコンビニ出来たでしょ? 何かイベントやってるかなーって思って行ってきた帰り」 落ち着いたアルトの声をした幼なじみの女の子。 真白(ましろ)が手に持つコンビニの袋が目に入る。 「何か買ったの?」 「ああ、パピコだよ! 優も食べるでしょう?」 今日も彼女は元気に笑う。 「…涼しくなってきたのに、よくアイスを食べる気になれるよね」 「何言ってんの! アイスは年中食べるためにあるものよ! まったく、今日もベランダから優の部屋に侵入して二人でパピコを食べようと思ったのに……」 「また………?」 「ちょっと! そんなに引いた目でこっちを見るんじゃ──」 苦笑いするぼくを見て、言葉を続けようとした彼女は黙った。 「──優? どうしたの?」 「えっ…」 どんどん近付いてきたかと思えば、至近距離から遠慮なく人の顔をじろじろと見てくる。 「───な、なに」 その勢いに一歩後ずされば、その隙間(すきま)を埋めるようにもう一歩前へ出る。 「優、泣いてるの?」 ─┼心配そうに見つめる彼女と目が合う。 「泣いてないよ」 「嘘」 あまりにも真っ直ぐに見てくるから、心の中を覗きこまれそうな錯覚を覚えて顔を逸らす。 「泣いてないなんて嘘よ。だって、雰囲気でわかるもの」 「………っ」 なんで分かるのだろう。 ──幼なじみだから? ああ、気付かれたくなかった。 ──今、きみに会いたくなかった。 背伸びしてぼくの頭を触る感触で、ぼくの涙腺が緩んでいくのがわかる。 「優?」 「ごめん、シロ。──ちょっとこのままでもいい?」 何も言わずに彼女を抱き締めると、そっと背中を撫でてくれた。 「……いいよ、何も聞かないから。全部吐き出しちゃえ」 「………ありがとう」 女の子の肩で泣くなんて情けないけれど、病院へ行ってから溜まっていた何かが一気に涙へ変わったようだった。 これが何に対しての涙なのかがぼくには、まだ分からない。 ──哀しみ? ──痛み? 二度と戻らない時間。 変わってしまった祖母の姿。 全てが頭を回る。 ────暗くなっていく景色の中で、ずっと背中を撫でる手と止まらない涙と頬の熱だけが変わらなかった。
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