0人が本棚に入れています
本棚に追加
人生は選択の連続だ?-3
画面が消える。
「ご参加いただき、ありがとうございます」
エリーがゆっくりと微笑んだ。
「これから5日間、きみには人生に関するさまざまな選択をしていただきます。その選択は、選択が必要な時に、先程のような形式で現れます。その選択をしないと、きみの時間は止まったままになっちゃうから、気を付けてね。その選択を5日間続けて、そしてその選択が見事正しければ、きみは、この死の運命からのがれることが出来ます」
エリーがそう早口で言った。
「わかった?」
エリーがそう言って信吾の顔を覗き込む。
「全然、わかんねえよ……」
信吾は小さな声でつぶやいた。
「わからなかったら、私の名前を呼んで」
エリーはそういうと、信吾の正面に回り込んだ。
「私はいつでも、きみのそばにいるから」
そういうと、エリーの姿が、どこからともなく消え去った。
街の声が、音が、信吾の耳に届いてくる。
はあはあと上がった息が収まらない。
一体どういうことなんだよ。
自分の死。あやしげな天使、エリー。
5日後。選択。
選択。
先程のスクリーンが、信吾の前に現れる。
『このまま家に帰りますか』
『はい』『いいえ』
選択が正しければ、この運命からのがれることができるよ。
先程のエリーの言葉が、思い出される。
間違った選択をすれば、俺はあと5日後に死んでしまうのか。
急に現れた選択に、信吾は驚きを隠せなかった。
このまま家に帰るか、帰らないか?
そんなくだらない、些細な選択でさえ、おれの人生に影響を与えるのか。
信吾の頭が混乱してくる。
急に泣きたい気持ちがこみ上げてきたが、それをぐっとがまんする。
『はい』か『いいえ』か。
俺の正しい選択は、どちらだろうか。
信吾は考えた。一生懸命考えた。けれど、わからなかった。
家に帰るか、帰らないか。そんなことで、自分の人生が決まるのか。そう思うと信吾は思わず唾を飲んだ。決めなくちゃいけない。自分で、決めなくちゃいけない。
その行為に信吾は段々と、疲れていった。
今日の出来事に疲れていった。
頭はすっかり混乱仕切り、もう、何かを考えることすらおっくうになっていた。
『はい』
信吾は選択した。疲れた頭を休めるために。
家に帰ろう。
そして信吾は歩きだ
『右足から踏み出しますか』
『はい』『いいえ』
『手をズボンのポケットの中に入れますか』
『はい』『いいえ』
『涙を流しますか』
『はい』『いいえ』
信吾は家に帰ることを決めてから、1歩目を踏み出すまでに、体内時計で約10分を費やした。
選択をすると、信吾は動くことができた。世界の時間も動き出した。信吾の時計は、信吾の選択の間、時を刻むのを休んでいた。
どういう仕組なんだろう。
それを考えだした途端、また、容赦ない選択が、信吾に降りかかってきた。
家に帰りつくまでに計36個の選択をし、ついに、信吾は無事に家にたどり着くことができた。
『玄関の柵は左手で開けますか』
『はい』『いいえ』
『玄関の扉は右手で開けますか』
『はい』『いいえ』
『ただいまといいますか』
『はい』『いいえ』
『右足から入りますか』
『はい』『いいえ』
『左足から入りますか』
『はい』『いいえ』
玄関の柵は左手で開け、玄関の扉は右手で開け、そして左足から家に入り、ただいまと声を出し、信吾はやっと、家に入ることができた。
「おかえりー」
母親の声が響く。
『右足から靴を脱ぎますか』
『はい』『いいえ』
『脱いだ靴はそろえますか』
『はい』『いいえ』
右足から靴を脱ぎ、脱いだ靴はきちんとそろえて、信吾はリビングへと向かった。
「遅かったじゃないのー」
『返事をしますか』
『はい』『いいえ』
スクリーンが映し出される。
「『はい』」
『ああと返事をしますか』
『はい』『いいえ』
『別にと返事をしますか』
『はい』『いいえ』
スクリーンが信吾の前にあふれる。その時間、信吾の時間も、周りの時間も止まっている。
信吾は『いいえ』『はい』と選択し、やっとのことで
「別に……」
という言葉を母に告げた。
「そう」
キッチンで晩御飯を作っている母をよそ目に、
『自室に行きますか』
『はい』『いいえ』
『トイレに行きますか』
『はい』『いいえ』
『キッチンで手伝いをしますか』
『はい』『いいえ』
信吾の目の前に思わず吐き気がするほどの数のスクリーンが映し出される。
思わず信吾は2階にある自室に駈け出していった。
駆けだすという選択をした。
「ごはん、もうすぐでできるわよ」
しかし、それを母親の声が止めた。
『ふりむきますか』
『はい』『いいえ』
『返事をしますか』
『はい』『いいえ』
ふりむかず、返事をする。
「わかった」
信吾はゆっくりと、階段を上っていく。
もう、かれこれ1時間足らずの間に、どれだけの選択をしただろうか。この選択のひとつひとつが、自分の人生に関わってきているのだという事実に、信吾は思わず震え上がった。
自室のベッドに横になりながら、信吾は考えた。
方向ひとつ変えるにも、あのスクリーンが現れる。
信吾は思わずため息をついた。
これがあと、5日間続くのか。そう思った瞬間。
『このゲームを終了しますか』
『はい』『いいえ』
という選択が信吾の目の前に現れた。
ゲームを終了する?
それって、
「それはね」
どこから現れたのか、天使エリーが目の前に浮かんでいた。
「このゲームは途中で終了することもできるよ。でも、その場合は、信吾君は、4日後に死ぬことになるから、よろしく」
エリーが無邪気な顔でそういった。
「それじゃあ意味ないだろ……」
「だって、めんどくさいんでしょ?」
何も返す言葉がない。
しかし、ここで終了しては意味がない。
信吾は『いいえ』を選択する。
「これから5日間、一緒に頑張ろうね」
エリーの声が聞こえた。
『眠りますか』
『はい』『いいえ』
なんだか、本当にRPGゲームのようだと思いながら、信吾は『はい』を選択した。
しばらくすると、信吾に睡魔が襲ってきて、あっという間に、眠りについた。
「おやすみ、井浦信吾くん」
信吾の人生、残りあと4日
最初のコメントを投稿しよう!