あと2日

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あと2日

信吾はいつものようにスマホのアラームで目を覚ました。 目を覚ましたはいいものの、あまり、頭がすっきりとしない。全体的に熱を持っていて、体もなんだが、だるいような気がする。 風邪、ひいたかな。 信吾はそんなことを考えた。やはり、昨日環奈からタオルを受け取るべきだったのかと後悔した。様々な選択が、今日も信吾の目の前に現れる。 『もう一度眠りますか』 『学校に行きますか』 信吾はその選択を前に、熱を持った頭で考えた。 もう一度眠って、学校を休んでしまえば、選択も減り、比較的落ちついて生活することができるだろう。けれど。 昨日みんなに囲まれた光景が頭をかすめる。 何気ない風景が、うらやましいと思ったことを思い出す。 信吾はだるい体を思いやりながらも、学校に行くことを決めた。それに今日は、金曜日だ。明日も授業があるが、みんなと長い時間を過ごせる、最後の日だ。 そう思った瞬間、急に吐き気を催した。うっと、口からあふれることはなかったが、その動作が、余計に信吾の体を疲弊させていく それでもベッドから這い出し、準備を進めた。 準備の最中にも、うるさく選択が信吾の頭をふらつかせた。 一瞬ぐらっと倒れそうにもなったが、なんとか持ちこたえることができた。 母親をだますことができるだろうか。 信吾はそう心配しながらゆっくりと階段を下りて行った。 「おはよう」 母親は、いつも通りの元気な声で信吾に声をかけた。 「おはよう」 信吾はそれに、目いっぱい元気に見えるように返した。 「お父さんにも挨拶してね」 母親はそういうと、朝の支度に戻った。 どうやら、ごまかせたみたいだ。 信吾はそう思い、父親の前へと向かった。 そして、仏壇の前で手を合わせる。 いつも通りの、変わらぬ笑顔。 それをぼーっと信吾は見つめた。 父さんは、死ぬ時に何を思ったのだろうか。 ふと、そんなことが思い浮かんだ。 父さんは、どういう選択をして死んでしまったのだろうか。 でも。 信吾はゆっくりと立ち上がる。 そんなこと、考えたってわからない。 そして、選択をこなしながら、信吾は家を出て行った。 残りあと2日。 少し、肌寒い日だった。 今日は環奈に会わなかった。 俺より早く行ってるのか、それとも遅く行ってるのか、それとも、昨日の件で避けられているのか。 様々な思考が頭の中をよぎっていく。 まとまらない、ほてった頭を抱えながら、信吾は電車になんとか乗り込み、無事に学校にたどり着くことができた。 「おはよう」 教室について早々、拓郎が信吾に声をかけてくる。 信吾はそれに 「おはよう」 と返事をした。 拓郎が、少し顔をしかめる。 「なんか、お前、顔色悪くない?」 「えっ……」 様々な選択肢が、目の前に現れる。 『体調が悪いことを素直に伝えますか』 『体調が悪いことを隠しますか』 『元気だといいますか』 『風邪をひいているといいますか』 様々な選択が、目の前を支配した。 その選択の数にまた、少し体がふらつくのを感じた。 『ゲームの内容を伝えますか』 ふと、その選択肢が、目に入ってきた。 ゲームの内容。 そうか、俺があと2日後に死んでしまう、この状況を拓郎に伝えてみればいいんだ。 そうしたら、何かいい案を思いついてくれるかもしれないし、この気持ち悪さや、頭の痛みや、体のだるさに関わる様々なストレスも、軽減させるかもしれない。 信吾は、その選択に『はい』を選ぼうとする。 その瞬間。 「ちょっと待ったー!!」 大声を出して、エリーが乱入してきた。 エリーは信吾と選択の間に入り、信吾の選択を止めようとする。 「ごっめん、説明するの忘れてた」 舌をだし、てへっと全く悪びれていない顔をして、エリーは言った。 「このゲームの内容を他人に伝えても、きみはこのまま死ぬことになります」 「えっ」 「他人に伝えることは規約違反になります。伝えるだけでなくても、悟られたりとか、きみが自殺をする行為も、規約違反になりますので、注意してね!」 エリーはそういうと、いつも通り微笑んだ。 「ふー危なかった」 「危なかった、って……」 「だって、信吾君、おとなしいからさ」 「おとなしい?」 「そう、普通、自分が死ぬって言われたら、もっと取り乱す人が多いからさ、だから、色々説明し忘れちゃった。ごめんね」 エリーはそういって、軽く頭を下げた。 「他にはなんかないかな……」 そういって、右手の人差指を自分の頭に当て、上を向きながら、エリーは考え込んだ。 「伝えたらダメなのか……」 「そうそう!」 思いつかない。そんな顔をして、エリーがこちらを向いた。 「なんで、ダメなんだ……」 「そういうルールだから、ごめんね」 エリーがそういう。心なしか、少し悲しそうな顔をしている。 「やめてもいいんだよ」 そういうと、まだ『ゲームを終了しますか』その選択が現れる。 先程の『ゲームの内容を伝えますか』そして、『終了しますか』に『いいえ』を選択し、信吾は、この場で拓郎にどう反応するべきかを考えた。 あと2日。あと2日で自分は死んでしまう。けれど、それを伝えることはできない。悟られてもいけない。 泣けばいいのか、笑えばいいのか、いろいろな選択が、信吾を襲う。頭が異様なほどに回転し、信吾の思考を急速に早めていく。 どうしたら、いいのか、わからない。 信吾の思考は、もうそれらを処理することはできないほどに、動き続けていた。 何が正解なのか、一体、何が正解なのか。 わからない正解を信吾は求め続けていた。 どうしたら、自分は死ななくてもいいんだ。どうしたら。 「大切なことは」 ふと、エリーがつぶやく。 「自分の気持ちに正直になることだよ」 エリーの顔がゆっくりと信吾に近づいてくる。 「運命が変えられるかはわからない。でも大切なことは、自分の気持ちに正直になること。もし、あと2日後に自分が死ぬときに、何を残したいのか。それを自分に問うことが大切だよ」 エリーが優しい声でそう言った。 その言葉が、信吾の頭に中に響いてくる。 「自分が、死ぬ時に、何を残したいのか」 「そう」 エリーはそういって、涙を流して見せた。 「泣き顔を覚えていてほしいのか」 今度は反対に、満面の笑みを見せた。 「笑った顔を覚えていてほしいのか」 その変化に信吾は少し驚いた。 エリーの笑顔、それを見るだけで、心が少しだけ軽くなるような気がした。 「信吾君は、どっちが好き?」 エリーがそう信吾に問う。 「おれが好きなのは……」 「だいたいそんなようなことだよ」 「ちょっとだるいんだ、風邪かもしれない。でも、大丈夫」 信吾はそういって、拓郎に微笑んで見せた。 笑顔。みんなには自分の笑顔を見ていてほしい。 信吾はエリーの顔を見て、そう思った。 「そっか」 拓郎はそういうと、口の端をにやりと上げた。 「なんかあったら、すぐいえよ」 「あああああああああーーーーーーー!!!!!!!」 大声と共に、環奈が教室に駆け込んできた。 チャイムが鳴る。 「ギリギリ、セーフ」 その環奈の言葉に、教室から笑いが起こった。 朝から汗だくの環奈を見て、信吾も思わず笑ってしまった。 環奈は、ほっぺたをふくらますと、信吾の隣の席に座った。 「しんちゃん、ひどい!」 開口一番環奈が言った。 「私のこと置いてくなんて!」 「いや、置いてってないだろう」 「置いてった!いつもの時間にいないんだから、心配して私の家まで来てくれたっていいでしょう!」 その大声にまた教室中から笑いが起こる。 「ようよう、朝から、盛り上がってるねー」 拓郎が、そうはやし立てる。 「違うから!」 環奈があわてて否定する。 「でもほんと、ひどい。しんちゃんがそんなひどい人だと思わなかった」 「勝手に言ってろよ……」 先生が入ってきて、朝礼が始まった。 先程のことを思い出し少しだけ、ふっと息を吐くことができた。ほんの少しだけ、リラックスすることができた気がする。 そういえば、さっきのあのやり取りの間、選択が現れなかった。 どうしてだろう。 そんなことを信吾は考えた。 「それはね!」 エリーが机の下からにょきっと顔を出す。 驚きのあまり思わず、声を出しそうになり、あわてて口を抑える。 環奈がそれを、不思議そうな顔で見てくる。 「井浦信吾君、きみに迷いがないからです!」 「迷いがない……?」 「そう、迷ってるから選ばなきゃいけないんです。逆に迷ってないなら、選ぶ必要はないのです!きゃんゆーあんだすたーんど?」 急な英語をはさみつつ、エリーがそう言った。 「そんな、簡単なもんなの?」 思わず信吾はエリーに尋ねてしまった。 選択をしなければいけないから、選択をしているのではないのか。 迷ってないなら、選択をする必要はないって、言われれば、確かにそうだけど……。 「そうでしょ」 エリーがまた、満面の笑みを作っていう。 「人生は、簡単にも複雑にもできるの。それを決めてるのも、井浦信吾君、きみ自身よ」 エリーはそういうと、窓に足をかけ、腰掛けた。 風がエリーをかすめて髪がなびく。 「そんなもんなのかよ」 エリーが髪を上げながら 「そんなもんよ」 少しかっこつけながら、そう言った。 人生ってよくわからない。 信吾は思った。 信吾の体調は良くなったり、悪くなったりを繰り返していたが、心なしか、体温が徐々に上がっていっているのを信吾は感じていた。 ぼーっとした頭で信吾は授業を聞いていく。 時折、自分の死が頭の中をめぐり、信吾はどうしようもない吐き気に襲われた。 自分の死のことを考えると、選択が周りを埋め尽くし、信吾を追い詰めていく。 そうなると、信吾自身で、もう手に負えなくなってしまう。 午前中、何とか耐えしのぐことが出来たが、休み時間に入り、 「大丈夫か」 と声をかけてきた拓郎にも、どう返事をしたらいいのかが、わからなくなっていた。 色々な選択が視界を埋め尽くし、それらは信吾の処理能力を超えつつあった。 『ゲームを終了しますか』 ただ、その選択だけは、『いいえ』を選ぶことができた。 最後まで死んでたまるか。 その思いだけは、捨てることはできなかった。 「風邪、悪くなってんじゃねーの?」 返事をしない信吾を心配そうに拓郎が気遣う。 信吾は声を出すことはおろか、うなづくことすらできない。 「家帰った方がいいんじゃねーの?」 拓郎がそういう。 いやだ、帰りたくないんだ。 信吾の頭はそれを選択しようとするが、体がそれを許さない。 信吾の心と体は離れ離れになるのではないかというほど、反する選択を求めてきた。 それに、信吾はどうすることもできない。 選択に視界を埋め尽くされている。 その数に信吾は息をすることすら、ままならない。 「おい、本当に、大丈夫かよ」 拓郎が、心配そうに信吾の肩に手をかける。 「うーん、このへんまでかな」 急にエリーの声が頭に響き、そして信吾はそこで意識を失った。 気が付くと信吾は、自室のベッドに横たわっていた。 体の疲れは取れ、頭も少しだけすっきりしていた。 頭を抱えつつ、信吾はゆっくりと起き上がる。 やはり、体の重さが取れている。 「おはよう、井浦信吾君」 そう言って、エリーが目の前に現れた。 「おれ、どうしてたの」 エリーはそっと信吾の隣に腰かけた。 「強制シャットダウン」 「強制シャットダウン?」 「そうそう」 エリーはそういうと、今度は立ち上がり、信吾のベッドの周りをうろうろと歩き出した。 「強制シャットダウン。思考がねゲーム参加者の限界を越えそうだなーって私が判断すると、強制的に参加者を眠りにつかせる設定のことだよ」 「はあ……」 「大丈夫、結果にはそんなに関わらないから」 「そんなに、って」 「あとね、信吾君」 エリーは、今度は顔をぎゅーっと信吾の方に近づけてくる。 「ごめんね」 信吾は思わず顔を赤らめるも、何とか 「何が……」 そう言葉を返すことが出来た。 「信吾君が風邪ひいてるの、わかってた。今日は大丈夫かなーって思ったんだけど、無理させちゃってごめんね」 エリーの眉が、心配そうに寄っている。 「風邪はなおしといたから、大丈夫だと思う。ごめんね。貴重な時間を奪っちゃって」 「そ、そうだよ」 その言葉を聞いて、信吾はあわてて、スマホをさがす。 「今日は何月何日、あとおれは何日生きられるの」 「大丈夫」 エリーがそう微笑んだ。 「強制シャットダウンの効果は、3時間。だから今は、夕方の4時前くらい。残り日数は、変わらず、2日だよ」 その言葉を聞き、信吾はふーっと長く息を吐いた。 どうやら、知らぬ間に息を止めていたようだ。 「信吾君、考え過ぎはよくないよ」 エリーはそう言って、信吾から顔を離した。 「何事も適当が肝心」 エリーはそう言って微笑んだ。 「誰に教わった言葉?」 エリーがそう信吾に尋ねてくる。 「別に誰かに教わったわけじゃないよ」 信吾はそう返す。 ただ、小さい時からなんとなく使っていた言葉。それだけだった。 「そう」 エリーが微笑んだ。 「お母さんが、心配してるよ」 エリーの言葉に、信吾は思わず、胸がきゅっと苦しくなるのを感じた。 母さん……。 父親が死んでから、女手ひとつで俺たちを育ててくれた母さん。 おれが死んだら、どれだけ悲しむだろうか。 それを考えるだけで、信吾は涙が止まらなくなる。 「どうする?」 信吾は涙でぬれた顔でエリーの顔を見上げる。 「伝えてもいいんだよ」 ずっと信吾は鼻をすする。 「伝えない」 そして信吾ははっきりとそう言った。 「絶対に伝えない」 「そう」 エリーが窓辺に腰掛ける。 「それもいいと思うよ」 信吾はその言葉を聞いて、もう一度ベッドに寝転んだ。 緩やかな選択肢が、信吾の周りに現れる。 母親に、どう伝えるべきか。 信吾は今、確実にそれを決めなければならない。 下からは母親が料理を作っている音が響いてくる。 言わなきゃいけない。 でも、言っちゃいけない。 そんな狭間にゆられながら、信吾はゆっくりと、考えた。 死のことは避けて。 母親のことだけを考えた。 おれにできる、最善のことを。 自分の気持ちに正直になることを。 そして信吾は意を決して、部屋を出て行った。 「母さん」 母親にそう声をかけた。 選択が現れるが、数は少ない。 信吾の心は決まっている。 「信吾、どうしたのよ、急に倒れるなんて」 心配そうな顔をして、母親が尋ねてくる。 「なんでもないよ」 「なんでもないって、そんなわけないでしょう」 母親は、少しだけ大きな声を出した。 信吾のことを心の底から心配しているのが、信吾には痛いほどに伝わってきた。。 「大丈夫だから」 信吾はそう答えた。 「だから、大丈夫なわけ……」 「大丈夫だから」 母親の声を打ち消すように、信吾は少しだけ大きな声を出した。 その声に、思わず母親は黙り込む。 「大丈夫だから。大丈夫だからさ」 信吾は泣きそうになるのを懸命にこらえる。 「今は、何も聞かないで」 信吾はそういうと、靴を履き、家を出た。 母親の顔を、みたくなかった。 「信吾君」 エリーが心配そうに話しかけてくる。 「大丈夫」 信吾は小さな声でつぶやく。 「大丈夫だから」 まるで自分自身に言い聞かせているように。 そして信吾は歩き出した。 行き先は決まっている。 本当だ。迷いがないと、選択肢は現れない。 信吾はそれを、身を持って痛感した。 歩くペースが上がっていき、信吾は走り出す。 走っていると、今度は頭の中が空っぽになる。 息を吐き、息を吸い、ただ、そのことだけに集中する。 はあーっと、息を吐き出した先に、小さな公園があった。 信吾はゆっくりとその中に入っていった。 「ここは?」 エリーがそう尋ねる。 信吾は公園のベンチに座る。 「小さい頃、父さんによく連れてきてもらったんだ」 信吾はそう言って、公園内を見渡す。 小さな公園だ。 砂場と、ブランコ、そして滑り台がある。 少し顔を動かすだけで、全てのものが見渡せる。それほどまでに狭く、小さい公園だった。 「なつかし……のかな」 信吾はそういって、頭をかいた。 「父さんのことあんまり覚えてないんだよね」 「お父様?」 「そうそう」 信吾は少しだけ、うつむく。 「おれが3歳の時に死んでるんだ」 「そう」 エリーが信吾の隣に座る。 ふたりでベンチに腰掛ける、エリーも信吾と同じように、公園内を見渡す。 子どもたちが数人、砂場で遊んでいる。 「おれもあんな風に遊んでたのかな」 信吾がそれを見てつぶやく。 「そうね」 エリーがそれを見てつぶやいた。 「懐かしいわ……」 エリーがそういうと、少しだけ微笑んだ。 「何が?」 信吾が尋ねる。 「エリーたちの世界にも砂場とかあるの?」 「いいえ、違うわ、あなたのこと」 エリーがそう呟いた。 「そして、あなたのお父さんのこと」 「おれの父さんのこと?」 エリーがゆっくりとうなずいた。 「あなたのお父様もこのゲームに参加したわ」 「えっ」 それをきいて、信吾は驚きの声を上げた。 「父さんも、このゲームに?」 「そう」 エリーがつぶやく。 「助からなかったけど」 「どうして!」 信吾が思わず立ち上がった。砂場にいた子供たちが驚き信吾の方を見た。 信吾はその視線に気づき、ゆっくりとベンチに腰掛け直す。 「父さんも、このゲームに参加してたって」 「ええ」 エリーが、信吾のほうを向く。 「でもこれ以上は教えてあげられないんだな!」 エリーはそういうと、いつものように間抜けた笑顔を作った。 信吾はそれに返す言葉が思い浮かばない。 「でも、ひとつだけいえるのは」 エリーがまた、子供たちを見つめる。 「あなたのお父様は、優しい人だった、ってことかな」 「優しい人……?」 信吾がそう聞き返す。 「ええ。でも、素直じゃない人だったわ」 「素直じゃないって……」 「これ以上はひ・み・つ!」 エリーはそういうと、人差指を口の前にあて、ウインクをして見せた。 「でも、何事も適当が肝心って、よく、あなたのお父様が言ってたわ」 「おれの、父さんが?」 「考えるのよ」 エリーがそう小さくつぶやく。 「あなたができることを、あなたが本当に望むことを」 「本当に望むこと」 「そう、このゲームで大事なのは、結局井浦信吾君、あなたの意志。それだけ」 エリーはそういうと、ふっと風のように姿を消した。 「おれの意志……」 ひとりベンチに取り残された信吾は考えた。自分にできることを、そして、自分が本当に望むことを。 意志。色々なことが頭を駆け抜ける。けれど、あまり深く考えないようにする。考えてしまったら、先程のように、シャットダウンされてしまうだろう。 「おれの意志……」 信吾はぼーっと、その言葉をつぶやき続けた。 気が付くと日は傾き、寒さが少しずつ体に感じられるようになった。 「うっ、さっむい」 風邪引きなことを忘れていた。 「帰ろう」 自分の家へ。 何回も選択を繰り返す。家に帰るまでも、家に帰ってからも。母親はいつもと変わらぬ様子で信吾のことを見つめている。 どうやら、納得してくれたみたいだ。 信吾はその視線になんと言葉を伝えたらいいのか、迷った。 たくさんの選択が頭に浮かんだが、結局、すべてを捨て、何も言わなかった。 ゆっくりとベッドにもぐりこむ。 あと1日。 あと1日で、おれは死んでしまう。 死ぬって、どういうことなんだろう。 ゆっくりと、ゆっくりと考えていく。 できることって、何なんだろう。 『眠りますか』 その選択に『はい』を選ぶ。 あと1日。 それが信吾に残された時間。
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