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「……何で言わないんだよ」
「え……何を?」
「だから……母親、出てったんだろ?」
「はぁ?」
「はぁ、じゃねぇよ! 言えよ! 大事なことだろ!?」
「何言ってんの? 別に誰も出てってないけど」
「――は? だって純也が……笹沢に」
聞いたって――と続ければ、美咲は何か察したように眉をひそめた。けれどすぐに、吹き出す。
「な、何だよ」
俺は事態が呑み込めず、腹を抱えて笑い始めた美咲を呆然と見ていることしか出来なかった。ひとしきり笑うと、彼女はようやく俺を見据える。
「ごめん和樹。せっかく心配して来てくれたのに、それ多分、あの子の勘違いだから」
「勘……違い?」
「うん、私が由香に言ったのは、お母さんが2週間の海外旅行に行ったってこと」
「はっ、はあああ!?」
俺はその言葉に、全力で脱力した。
すると、再びクスクスと笑いだす美咲。彼女は心底楽しそうな笑みを浮かべ、俺の右手を掴んで歩きだす。
「おい!? どこ行くんだよ」
「ウチに決まってるじゃん。今日休みでしょ? どんな思いでここまで来たのかゆっくり教えてよ」
「――!?」
「それから、一眠りしよ? 一緒に」
「――っ」
それは2年前と全く変わらない、イタズラな笑顔。その表情に、先ほどまでの暗い気持ちが一瞬で吹き飛ばされる。
――相変わらずいい性格してる。あの頃と何一つ変わることなく。
俺はそのことに安堵しながら、軽い足取りで歩きだす美咲の腕に引かれて、もう一度だけ――山の向こうの朝焼けに、目を細めた。
完
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