終章 さよならは春の日に ③

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 古ぼけた我が家を見上げる。いつもと何も変わらない春の庭に、いつもの気の抜けた声が響いた。 『美味そうなもの貰った様じゃの』 『……気付いてたなら、挨拶すればよかったのに』  新芽を輝かせた庭木の間から、白くふわふわした頭が覗いた。 『夏也とシュンは?』  俺は貰ったサクラマスを、神様に手渡しながら尋ねた。 『一緒に台所でお花見弁当の準備をしとるよ。随分気合いが入っとるようでな、今から食べるのが楽しみじゃわい』  本当に、何も変わらなすぎて俺は少し笑ってしまう。 『もう行くのか?』 『ああ、勝手に行っちまったアイツを探しに行かなくちゃな。夏也の事は頼んだぜ』 『何、もう心配要らんよ。記憶は戻らんかもしれんが、お前さんのおかげで夏也の……いやシュンや美帆、わしも含めて、皆の日常を取り戻す事が出来たんじゃ』  日常。単調で退屈極まりないと思っていた毎日の、変わらないという事が今では愛おしいとすら思えた。  俺はずっと、自分は孤独で、それが好きなんだと思って生きてきた。少し見渡せば、夏也や西原が手の届く所に居てくれたのに。  静かだったこの家に転がり込まれ、飯だ飯だと毎日騒がれて、とんだ厄介者を引き受けちまったと思った事もあった。でも、 『……アンタに出会えて良かった』  俺は詰まりそうになる声を、なんとか絞り出した。 『から揚げ弁当に感謝するんじゃな』  神様はニヤニヤと笑った。  死んでからの方が、仲間の存在を強く感じられたのは皮肉な事だ。  だけど、俺は大切なものをちゃんと遺してくる事が出来た。だから、それだけでいいと思えた。 『今日の弁当は、お前さんのレシピじゃよ』  永遠なんて無いのかもしれないけど、一度生まれた繋がりは絶えず、様々な形で誰かと誰かを結び続けている。 『皆で一緒に食べるには最高じゃろう』  そしてまた誰かの新しい思い出と繋がって、どこまでも続いていく。 『じゃあな』  俺は神様に背を向けた。忘れられる為じゃなくて、忘れたくない人に会いにいく為に。  いつかまた戻って来たい場所がある。俺は沢山の温かいものを抱えて、新たな一歩を踏み出した。  山里の春の日差しは柔らかく、風は優しく俺を包んで、ゆっくりと光の中へ溶かしていった。             完
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